ばあばと話そうよ 第三章
Bonjour Madame!
お元気ですか?
11月も半ばになり、やっと寒くなってきました。
お店には 温かなコート類がいっぱい入りました。
なかなか楽しい物がありますよ。
どうぞご覧になって下さいね。
先日 まり子社長と相談して
文明の利器「アイパット」を購入しました。
お客様に一目でわかる商品分類を作ってみようと、
昨日一日掛って写真を取り入れましたが
カメラマンと云う仕事は
とっても疲れるものだと思いましたよ。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第29回目をお贈りします。

絵 ゆうこう
ゆうこうに戦争の絵を描いてって頼みましたら、
こんな絵になりました。
ばあばと話そうよ 第3章
この前 テレビを見ていたら
イラクからアメリカ軍が
もうすぐ撤退すると云う事で
「旧勢力が息を吹き返し大変な事になるから撤退には反対だ・・」と言うイラク人と
イラク戦争が始まって
町が破壊され
仕事も無くなり
奥さんもアメリカ軍に誤射されて
殺されてしまった男性が
「早く撤退して欲しい 早く元の落ち着いた生活に戻りたい」と述べる傍らで
「どこにいても母の姿ばかりが
思い出される・・」と言って
涙を流し続ける娘さんの姿を映していたの
そうしたらゆうちゃんが
「でも アメリカが撤退したら
悪い人達が 武器や核をどんどん作って
使うようになるよ
それじゃぁ いかんもんねぇ」
ばあばが
「でも 戦争はイケナイ事だもの
早く戦争は止めなくちゃぁ・・」
そうしたらまた
「でもアメリカ軍が撤退したら
悪い人がどんどん武器やら 核を作るんだよ
どうするの? どうするの?」
ばあばが 大きな声で
「戦争はイケナイ事なの
戦争は してはいけないの」って言ったら
ゆうちゃん シュンとして
ばあばのお椅子の後ろに隠れてしまったよね
ばあばが覗いたら
「いいの 僕 今考えてるんだから・・」
って 言ってたね
そうなんだよ
君と全く同じ事を
大人の人達も考えているんだよ
© ささきけいこ
お元気ですか?
11月も半ばになり、やっと寒くなってきました。
お店には 温かなコート類がいっぱい入りました。
なかなか楽しい物がありますよ。
どうぞご覧になって下さいね。
先日 まり子社長と相談して
文明の利器「アイパット」を購入しました。
お客様に一目でわかる商品分類を作ってみようと、
昨日一日掛って写真を取り入れましたが
カメラマンと云う仕事は
とっても疲れるものだと思いましたよ。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第29回目をお贈りします。
絵 ゆうこう
ゆうこうに戦争の絵を描いてって頼みましたら、
こんな絵になりました。
ばあばと話そうよ 第3章
この前 テレビを見ていたら
イラクからアメリカ軍が
もうすぐ撤退すると云う事で
「旧勢力が息を吹き返し大変な事になるから撤退には反対だ・・」と言うイラク人と
イラク戦争が始まって
町が破壊され
仕事も無くなり
奥さんもアメリカ軍に誤射されて
殺されてしまった男性が
「早く撤退して欲しい 早く元の落ち着いた生活に戻りたい」と述べる傍らで
「どこにいても母の姿ばかりが
思い出される・・」と言って
涙を流し続ける娘さんの姿を映していたの
そうしたらゆうちゃんが
「でも アメリカが撤退したら
悪い人達が 武器や核をどんどん作って
使うようになるよ
それじゃぁ いかんもんねぇ」
ばあばが
「でも 戦争はイケナイ事だもの
早く戦争は止めなくちゃぁ・・」
そうしたらまた
「でもアメリカ軍が撤退したら
悪い人がどんどん武器やら 核を作るんだよ
どうするの? どうするの?」
ばあばが 大きな声で
「戦争はイケナイ事なの
戦争は してはいけないの」って言ったら
ゆうちゃん シュンとして
ばあばのお椅子の後ろに隠れてしまったよね
ばあばが覗いたら
「いいの 僕 今考えてるんだから・・」
って 言ってたね
そうなんだよ
君と全く同じ事を
大人の人達も考えているんだよ
© ささきけいこ
日本・・前回の続き
Bonjour Madame!
お元気ですか。
さわやかな秋。今日も高く澄んだ青空・・。
お店では、旅行着をお求めになる方が
多くなってきました。
行く先に応じて あれこれシーンを考えながら
決めてゆきますが、お客様と一緒になって考えるのは本当に楽しい!
なかなかお店から離れられない私ですが、
お話を聞くだけで行った気がします。
こんなに災害に見まわれた年は
ありませんでしたね。
でも自然は今、一番美しい季節を迎え
晴れの多い 安定した日々を私達にくれます。
どうぞ一杯楽しんで、明日への活力を身体に
満たしましょう。
この秋は、かたちの良いパンツが充実しています。
さあ、おしゃれに颯爽とお出掛けしてくださいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第28回目をお贈りします。

(日本・・前回よりの続き)
こうした時代の流れを見ていく時
国は
国民一人一人が集まって出来ていて
その「大勢(たいせい)の心(こころ)」の思う方に向かって
進むものなんだなぁ・・とばあばは思ったよ
日清 日露 いくつもの戦に勝ち進んで来て
大勢(たいせい)の気持ちが 戦争を「是(ぜ)」とし
軍の力が 強くなればなるほど
戦争というものに反対する人々の口が塞がれ
言論の統制が図られ
人間の一番大事な
「自由」が奪われていったのだよ
だけどね
日本は 第二次世界大戦で大敗し
敗戦国家となってしまったの
でも 今 殆どの日本人は
戦争に負けて
本当に良かったと思っているんだよ
これは決して
強がりで言っているんじゃないの
敗戦で手にしたもの・・・
言論の自由
男女平等
教育制度
そして自由な思想
もしも勝っていたらと思うと ゾッとするよ
きっと今だに
戦争を繰り返しているのだろうって・・
きっと イヤでも 反対でも
「徴兵制度」が採られ
戦争に行かされていただろうって・・
ばあばは知っているよ
この総ての「理想を描くが如き」指導は
アメリカが成してくれたことを
だから
敗戦にされた相手国にも関らず
日本人は
アメリカが アメリカ人が大好きだった・・
ばあばが若い頃読んだ雑誌には
「アメリカではこうします・・」
「アメリカ人はこうやります・・」と
何でもアメリカに習う風な記事が
多かったもんだよ
ばあばも
あのアメリカ人の
青空のような明るさが
大好きだったなぁ
でも今は 明るさよりも
大きな苦悩に
振り回されているように見えるんだよ
あぁ こんな事が有っていいのだろうか・・・
ばあばは信じられないの
ばあばが生まれてから知る限り
アメリカは あれからも
ずっと戦争をし続けているんだもの
アメリカは
日本に原爆を落とし 敗戦国にした後
朝鮮戦争
ベトナム戦争
湾岸戦争
イラク戦争と
絶え間なく戦争を繰り返しているの
今 この時にも・・
戦争に行った若者達は
テレビの報道番組で見る時
とても自虐的な表情を浮かべている・・
きっと 心を病んでいる人達が
一杯いるんじゃないだろうか・・と
心配が胸をよぎるんだ
ばあばは かって見た
あの底抜けに明るい
アメリカ人の笑顔を
もう一度取り戻して欲しいと思うのだよ
© ささきけいこ
お元気ですか。
さわやかな秋。今日も高く澄んだ青空・・。
お店では、旅行着をお求めになる方が
多くなってきました。
行く先に応じて あれこれシーンを考えながら
決めてゆきますが、お客様と一緒になって考えるのは本当に楽しい!
なかなかお店から離れられない私ですが、
お話を聞くだけで行った気がします。
こんなに災害に見まわれた年は
ありませんでしたね。
でも自然は今、一番美しい季節を迎え
晴れの多い 安定した日々を私達にくれます。
どうぞ一杯楽しんで、明日への活力を身体に
満たしましょう。
この秋は、かたちの良いパンツが充実しています。
さあ、おしゃれに颯爽とお出掛けしてくださいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第28回目をお贈りします。
(日本・・前回よりの続き)
こうした時代の流れを見ていく時
国は
国民一人一人が集まって出来ていて
その「大勢(たいせい)の心(こころ)」の思う方に向かって
進むものなんだなぁ・・とばあばは思ったよ
日清 日露 いくつもの戦に勝ち進んで来て
大勢(たいせい)の気持ちが 戦争を「是(ぜ)」とし
軍の力が 強くなればなるほど
戦争というものに反対する人々の口が塞がれ
言論の統制が図られ
人間の一番大事な
「自由」が奪われていったのだよ
だけどね
日本は 第二次世界大戦で大敗し
敗戦国家となってしまったの
でも 今 殆どの日本人は
戦争に負けて
本当に良かったと思っているんだよ
これは決して
強がりで言っているんじゃないの
敗戦で手にしたもの・・・
言論の自由
男女平等
教育制度
そして自由な思想
もしも勝っていたらと思うと ゾッとするよ
きっと今だに
戦争を繰り返しているのだろうって・・
きっと イヤでも 反対でも
「徴兵制度」が採られ
戦争に行かされていただろうって・・
ばあばは知っているよ
この総ての「理想を描くが如き」指導は
アメリカが成してくれたことを
だから
敗戦にされた相手国にも関らず
日本人は
アメリカが アメリカ人が大好きだった・・
ばあばが若い頃読んだ雑誌には
「アメリカではこうします・・」
「アメリカ人はこうやります・・」と
何でもアメリカに習う風な記事が
多かったもんだよ
ばあばも
あのアメリカ人の
青空のような明るさが
大好きだったなぁ
でも今は 明るさよりも
大きな苦悩に
振り回されているように見えるんだよ
あぁ こんな事が有っていいのだろうか・・・
ばあばは信じられないの
ばあばが生まれてから知る限り
アメリカは あれからも
ずっと戦争をし続けているんだもの
アメリカは
日本に原爆を落とし 敗戦国にした後
朝鮮戦争
ベトナム戦争
湾岸戦争
イラク戦争と
絶え間なく戦争を繰り返しているの
今 この時にも・・
戦争に行った若者達は
テレビの報道番組で見る時
とても自虐的な表情を浮かべている・・
きっと 心を病んでいる人達が
一杯いるんじゃないだろうか・・と
心配が胸をよぎるんだ
ばあばは かって見た
あの底抜けに明るい
アメリカ人の笑顔を
もう一度取り戻して欲しいと思うのだよ
© ささきけいこ
日本
Bonjour Madame!
お元気ですか
猛烈な台風15号は、夏も一緒に運び去ったよう。
すっかり 秋になりましたね。
あわてて衣替えしております。
でも お店の中はコートまで揃って、
しっかり秋冬モードです。
あぁ、もうすぐ素敵な枯葉のシーズンですね。
枯葉と云えば、この10月24日に
サンマリーの店内で
夕方6時から8時まで
シャンソンライブを開きます。
シャンソン好きなお客様が「ぜひこのお店の中で唄わせて・・」と言うので、
考えもつかなかった事でしたが、まり子社長がOKをくれました。
町ゼミ委員長のまり子さん、きっと「町の活性化になれば・・」と承諾してくれたのでしょう。
私も、サンマリーならではの
素敵なシャンソンライブを目指して、
今あれこれ計画中です。
入場無料、ドリンク付きですので ぜひぜひ楽しみに来て下さいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第27回目をお贈りします。

日本
日本はねぇ 面白い国だよ
あのね 三百年もの長い間
鎖国政策を執っていた時代があったの
戦国時代という 国中のあちこちで
戦争ばかりしていた時代を経て
「もう戦争はやめてくれぇ」って
皆の気持ちがなっていた時
織田信長が出
豊臣秀吉がそれを成し遂げ
徳川家康が 日本国中の平定を成し遂げたんだよ
この前お話した豊臣秀吉の朝鮮出兵の事
覚えてる?
家康さんは 重臣であったにも関わらず
この朝鮮出兵に加わらなかったの
そしてその間 大名として
支配地の農地開発や
農民達の生活向上に努めていたんだって
天下の秀吉に逆らっての その行動は
余程の気概を持った人でなければ出来ぬ事だよ
その徳川が政権を執っていた時代
江戸に幕府があったから
江戸時代というのだけれど その時代
どうやっても戦争が起こされないような
様々な制度を作り上げて
封建制度もあって
日本は窮屈ではあったけれど
戦争のない 平穏な時代を長く保っていたの
三百年って長いよ・・
ばあばは お店の仕事に就いて
四十数年目だけれど
お客様の中には
もう四代目の方までいるんだよ
お母さん 御本人 お嬢さん お孫さんと
みんな お客さんという家族が
幾組か居らっしゃるけれど そう考えると
三百年というのが
如何に長いか 解るでしょう
三百年 戦争が一度も無かったんだよ
これは世界に誇れる事だと思う・・
それでも武家社会だから
いざという時の武術の準備や
心構えは出来ていたと思うね
そんな鎖国の政策を破られ 開国した時
それは まるでこの世に初めて生まれ出た
「赤ちゃん」のようだったんじゃないかねぇ
ばあばはようく解るんだ
赤ちゃんが成長する時の
何でも吸収し 覚えていく
あのすさまじい速さの吸収力を・・
世界に生まれ出た赤児の日本人が
最初に目にしたものは何だったんだろう
繫栄しているイギリスであり
開国させたアメリカだったと思うね
それは お父さん お母さんのようなもの
だったんじゃないかねぇ
子供は 良くも悪くも覚えていくもんだよ
まだ未熟な
判断の出来ない
そして戦争の怖さ 恐ろしさ
それが将来に亘って
どんなことをもたらすかを
三百年に亘って経験していなかった日本人が
常に戦争を繰り返し
勝った国を 植民地とし
自国の力を広げていく両国を見て
「見習った」のは
当然のことだったのだろうと思うよ
開国以来 殆ど十年目毎に
日清戦争
日露戦争
第一次世界大戦
第二次世界大戦と
絶え間なく戦争を繰返してきたのも
「こりゃぁ 親のまねだったんだなぁ」と
最近になって気が付いたの
今になって
戦争に行った人達も その家族も
あの時代の殆どの人達が
「戦争はいけないことだから
戦争はしたくなかった・・
行きたくなかった・・」と言うけれど
あの時代の大多数の人は
実際には 心底からは
そんなこと 思っていなかったと思うよ
だって負けた経験もなく
戦争で領土を広げて
世界に力を伸ばすことを
アメリカやイギリス
つまり両親の見マネで
「正しい事」だと
きっと 信じていたと思うから
つづく
© ささきけいこ
お元気ですか
猛烈な台風15号は、夏も一緒に運び去ったよう。
すっかり 秋になりましたね。
あわてて衣替えしております。
でも お店の中はコートまで揃って、
しっかり秋冬モードです。
あぁ、もうすぐ素敵な枯葉のシーズンですね。
枯葉と云えば、この10月24日に
サンマリーの店内で
夕方6時から8時まで
シャンソンライブを開きます。
シャンソン好きなお客様が「ぜひこのお店の中で唄わせて・・」と言うので、
考えもつかなかった事でしたが、まり子社長がOKをくれました。
町ゼミ委員長のまり子さん、きっと「町の活性化になれば・・」と承諾してくれたのでしょう。
私も、サンマリーならではの
素敵なシャンソンライブを目指して、
今あれこれ計画中です。
入場無料、ドリンク付きですので ぜひぜひ楽しみに来て下さいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第27回目をお贈りします。
日本
日本はねぇ 面白い国だよ
あのね 三百年もの長い間
鎖国政策を執っていた時代があったの
戦国時代という 国中のあちこちで
戦争ばかりしていた時代を経て
「もう戦争はやめてくれぇ」って
皆の気持ちがなっていた時
織田信長が出
豊臣秀吉がそれを成し遂げ
徳川家康が 日本国中の平定を成し遂げたんだよ
この前お話した豊臣秀吉の朝鮮出兵の事
覚えてる?
家康さんは 重臣であったにも関わらず
この朝鮮出兵に加わらなかったの
そしてその間 大名として
支配地の農地開発や
農民達の生活向上に努めていたんだって
天下の秀吉に逆らっての その行動は
余程の気概を持った人でなければ出来ぬ事だよ
その徳川が政権を執っていた時代
江戸に幕府があったから
江戸時代というのだけれど その時代
どうやっても戦争が起こされないような
様々な制度を作り上げて
封建制度もあって
日本は窮屈ではあったけれど
戦争のない 平穏な時代を長く保っていたの
三百年って長いよ・・
ばあばは お店の仕事に就いて
四十数年目だけれど
お客様の中には
もう四代目の方までいるんだよ
お母さん 御本人 お嬢さん お孫さんと
みんな お客さんという家族が
幾組か居らっしゃるけれど そう考えると
三百年というのが
如何に長いか 解るでしょう
三百年 戦争が一度も無かったんだよ
これは世界に誇れる事だと思う・・
それでも武家社会だから
いざという時の武術の準備や
心構えは出来ていたと思うね
そんな鎖国の政策を破られ 開国した時
それは まるでこの世に初めて生まれ出た
「赤ちゃん」のようだったんじゃないかねぇ
ばあばはようく解るんだ
赤ちゃんが成長する時の
何でも吸収し 覚えていく
あのすさまじい速さの吸収力を・・
世界に生まれ出た赤児の日本人が
最初に目にしたものは何だったんだろう
繫栄しているイギリスであり
開国させたアメリカだったと思うね
それは お父さん お母さんのようなもの
だったんじゃないかねぇ
子供は 良くも悪くも覚えていくもんだよ
まだ未熟な
判断の出来ない
そして戦争の怖さ 恐ろしさ
それが将来に亘って
どんなことをもたらすかを
三百年に亘って経験していなかった日本人が
常に戦争を繰り返し
勝った国を 植民地とし
自国の力を広げていく両国を見て
「見習った」のは
当然のことだったのだろうと思うよ
開国以来 殆ど十年目毎に
日清戦争
日露戦争
第一次世界大戦
第二次世界大戦と
絶え間なく戦争を繰返してきたのも
「こりゃぁ 親のまねだったんだなぁ」と
最近になって気が付いたの
今になって
戦争に行った人達も その家族も
あの時代の殆どの人達が
「戦争はいけないことだから
戦争はしたくなかった・・
行きたくなかった・・」と言うけれど
あの時代の大多数の人は
実際には 心底からは
そんなこと 思っていなかったと思うよ
だって負けた経験もなく
戦争で領土を広げて
世界に力を伸ばすことを
アメリカやイギリス
つまり両親の見マネで
「正しい事」だと
きっと 信じていたと思うから
つづく
© ささきけいこ
お父さんのお話 その3
Bonjour Madame!
お元気ですか?
先日 東京へ出張の折、仕事先の女の子と
この前の大地震の話になりました。
あの時は、怖さと恐ろしさでパニックになって
泣いてしまったそう・・。
「でもね、最近は大きな怪獣の上に乗っているんだって思うようにしたの。ほーら、また動いたぞってね。」
笑いながら 怪獣の背にユラユラ揺られている様をして、「だって 地球って生き物だって事、本当に解ったんだもの・・」と話しておりました。
みんな強い! 元気! 面白い! へこたれない!
お店には、秋物がぞくぞくと入ってきております。
この秋は どんなおしゃれをしましょうか・・?
9月18日より10月18日まで
好評の「ランチフェアー」を開催します。
美味しい食事をして、おしゃれ心を満喫させて
楽しい秋の一日を!
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第26回目をお贈りします。

姉から富士登山をしたと便りあり。
よーく見て! 頂上目指して富士山を登る姉を描きました。
お父さんのお話
その3・・家族みんなで大笑い
日本に帰ってから 一先ずは
一家で 田舎にあるお父さんの実家に
身を寄せたけれど
お父さんは
設計士の仕事に戻ろうと決心して
町に移り住んで 事務所を開いたの
一生懸命お仕事をして
段々生活も楽になって
いつだったか 誰かが
何か買ってくれない事で 我儘云ったら
「引き揚げて来たときには
身一つで 何もなかったのに
何を言ってるんだ
家の中を見渡してごらん
物にあふれているのに
まだ我儘を云うつもりかい」って言うの
その言葉で回りを見渡したんだけど
物が多すぎて
ごちゃごちゃしているお部屋の有様を見て
思わず噴き出してしまった
「よくぞいろいろ買ったもんだ・・」って
家族みんなで
大笑いしてしまった事があるよ
お父さんの世代の人は
どんな気持ちで
あの焼け野原だった日本の世の中を
今のように復興させ
豊かにしていったんだろうか
戦争が良いことか 悪いことか
そんな個人的な意見など
日本の政策の前には どうしょうもなく
何も言えずに 兵隊として
戦場に送られていったのだろうね
戦争のない今
それを批判したり
拒否することは簡単だけれど
中々出来ることではない・・
という証拠に
今も あの「自由の国」アメリカの若者達は
戦場に行かされ
毎年毎年 沢山の人達が
死んで逝くのを見ても解るよ
ばあばは
戦争は「いけないこと」だって
学校で教え込まれたから
お父さんが
戦争に行っていた時の事など
仲間と笑いながら話していると
何だか怒れて仕方がなかったのね
「戦争なんかして・・」ってね
あれから何年が経ったのだろう・・・
最近ふっと こんなことを思ったの
ばあばは女だから
赤ちゃんを産んで 育て上げてきたでしょ
子供は 良くも悪くも
周りの人達を見て育つものなの
そして教え込まれた事を
鵜呑みにして育つものなの
でもねぇ
人は歳を重ねる毎に 色々な経験を経て
自ずと見えてくるものがあるんだよ
ばあばは たとえそれが
どんなに「小さい世界の中での経験」であっても
この身で見た
この身で聞いた
この身で感じた
そのままを
何かにおもねたり へつらったりしないで
あなた達とお話してみたいって思ったんだ・・
© ささきけいこ
お元気ですか?
先日 東京へ出張の折、仕事先の女の子と
この前の大地震の話になりました。
あの時は、怖さと恐ろしさでパニックになって
泣いてしまったそう・・。
「でもね、最近は大きな怪獣の上に乗っているんだって思うようにしたの。ほーら、また動いたぞってね。」
笑いながら 怪獣の背にユラユラ揺られている様をして、「だって 地球って生き物だって事、本当に解ったんだもの・・」と話しておりました。
みんな強い! 元気! 面白い! へこたれない!
お店には、秋物がぞくぞくと入ってきております。
この秋は どんなおしゃれをしましょうか・・?
9月18日より10月18日まで
好評の「ランチフェアー」を開催します。
美味しい食事をして、おしゃれ心を満喫させて
楽しい秋の一日を!
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第26回目をお贈りします。
姉から富士登山をしたと便りあり。
よーく見て! 頂上目指して富士山を登る姉を描きました。
お父さんのお話
その3・・家族みんなで大笑い
日本に帰ってから 一先ずは
一家で 田舎にあるお父さんの実家に
身を寄せたけれど
お父さんは
設計士の仕事に戻ろうと決心して
町に移り住んで 事務所を開いたの
一生懸命お仕事をして
段々生活も楽になって
いつだったか 誰かが
何か買ってくれない事で 我儘云ったら
「引き揚げて来たときには
身一つで 何もなかったのに
何を言ってるんだ
家の中を見渡してごらん
物にあふれているのに
まだ我儘を云うつもりかい」って言うの
その言葉で回りを見渡したんだけど
物が多すぎて
ごちゃごちゃしているお部屋の有様を見て
思わず噴き出してしまった
「よくぞいろいろ買ったもんだ・・」って
家族みんなで
大笑いしてしまった事があるよ
お父さんの世代の人は
どんな気持ちで
あの焼け野原だった日本の世の中を
今のように復興させ
豊かにしていったんだろうか
戦争が良いことか 悪いことか
そんな個人的な意見など
日本の政策の前には どうしょうもなく
何も言えずに 兵隊として
戦場に送られていったのだろうね
戦争のない今
それを批判したり
拒否することは簡単だけれど
中々出来ることではない・・
という証拠に
今も あの「自由の国」アメリカの若者達は
戦場に行かされ
毎年毎年 沢山の人達が
死んで逝くのを見ても解るよ
ばあばは
戦争は「いけないこと」だって
学校で教え込まれたから
お父さんが
戦争に行っていた時の事など
仲間と笑いながら話していると
何だか怒れて仕方がなかったのね
「戦争なんかして・・」ってね
あれから何年が経ったのだろう・・・
最近ふっと こんなことを思ったの
ばあばは女だから
赤ちゃんを産んで 育て上げてきたでしょ
子供は 良くも悪くも
周りの人達を見て育つものなの
そして教え込まれた事を
鵜呑みにして育つものなの
でもねぇ
人は歳を重ねる毎に 色々な経験を経て
自ずと見えてくるものがあるんだよ
ばあばは たとえそれが
どんなに「小さい世界の中での経験」であっても
この身で見た
この身で聞いた
この身で感じた
そのままを
何かにおもねたり へつらったりしないで
あなた達とお話してみたいって思ったんだ・・
© ささきけいこ
お父さんの話 その2
Bonjour Madame!
お元気ですか。
夏休みが終わって何だか急に涼しくなりましたね。
雨が降ったり、蒸し暑かったり、
急に太陽がカンカンに照りつけたり・・。
天候が不順で、不調を訴えるお客様が出てきました。
「夏疲れ」というのでしょうか。
お店ではこの頃になると、健康談議に花が咲きます
とても無口で口数の少ない方でも、
健康のお話になると沢山お話してくれます。
皆それぞれ、健康については一家言あって、
とても楽しく、参考にもなります。
今日もそんな話をして
「健康な人は、健康に気をつけている」
と云う結論が出ました。
そして「健康で、おしゃれをして、
人生を前向きに楽しもう・・。」と話し合いました。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第25回目をお贈りします。

お父さんの話
その2・・命を救った家族の写真
お父さんは
心ならずも戦争へ行かされ
敗戦と共に
シベリアに抑留されてしまったの
ひどい生活の中
このままでは死んでしまう・・と
決心して 脱走したんだよ
何としても 家族のもとへ帰らなければ・・と
思ったんだって
途中 汽車の中で捕まった時
たった一枚だけ ポケットに
大切に入れていた
家族の写真を見せたのだそうよ
そうしたら
ソ連の まだ若い将校みたいな人が
「オー」って 赤ちゃんのばあばを指さして
またお父さんを隠してくれたそうよ
そうそう その写真ね
ばあばが赤ちゃんで まんまるいお目々で
すんごくかわいいんだ・・
ばあばの赤ちゃんの時の写真は
これ一枚だけ
戦争で 他には何も残っていないので
お父さんが 大事に大事に持ち帰った
この写真だけなの
ともかくお父さんは 家族の元へ辿り着いて
それからみんなで
満州から日本へ
引き揚げ船でもどってきたの
その時も 満州では
「日本は壊滅状態で
暮らすことが出来るかどうか 判らない・・」
と云う風聞が立っていたから
生活の目途が立つまで
子供を 中国人に預けようか・・と
思ったりしたそうで
リュウさんと云う預け先まで
決めていたのだそうよ
でも土壇場になって
「どんな苦労が待ち受けていようと
家族は離れてはいけない・・」と思い
一家六人で
引き揚げ船に乗ったのね
ともかくお父さんは
飢えと 厳しい寒さの荒野を
何度 家族の写真を眺めながら
自分を励まし 歩きつづけたか・・
「その思い」が忘れられなかったのだろうね
その後 中国とは
長いこと国交断絶していて
離れ離れになった家族が 沢山いたのだから
アァ 一歩先はどうなるか
分らないものだねぇ
ばあばだって
残留孤児になっていたかも知れなかったんだ
ともかくお船に乗ると
一家族に 畳一畳の場所が与えられ、
そこからはみ出ると ひどく怒られたそうで
お母さんは時々
その時の苦労話をしていたなぁ
じっとしていない子供達を含め
一家六人が
たった一畳の中に居るのを
もう今は
想像すら出来ないでいるのだけれど
これは現実の事だったのよ
引き揚げ船の中は そんな風であったのに
ばあばの思い出は
お船で御馳走してくださった
すいとんの美味しかった事なの
二歳だったばあばは
きっと決められた所からはみ出てばかりいて
ひどく怒られたりしていたのだろうに
そんな事 全く覚えていなくて
ぎゅっと握って作られた
あの白いすいとんの 形の面白さが
子供心に
とても印象的だったことを思い出すの
そして
お母さんのお膝に抱えられ
「ごちそうだね ごちそうだね」と言われながら
お口にいれてもらったのを
とても良く覚えているんだよ
© ささきけいこ
お元気ですか。
夏休みが終わって何だか急に涼しくなりましたね。
雨が降ったり、蒸し暑かったり、
急に太陽がカンカンに照りつけたり・・。
天候が不順で、不調を訴えるお客様が出てきました。
「夏疲れ」というのでしょうか。
お店ではこの頃になると、健康談議に花が咲きます
とても無口で口数の少ない方でも、
健康のお話になると沢山お話してくれます。
皆それぞれ、健康については一家言あって、
とても楽しく、参考にもなります。
今日もそんな話をして
「健康な人は、健康に気をつけている」
と云う結論が出ました。
そして「健康で、おしゃれをして、
人生を前向きに楽しもう・・。」と話し合いました。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第25回目をお贈りします。
お父さんの話
その2・・命を救った家族の写真
お父さんは
心ならずも戦争へ行かされ
敗戦と共に
シベリアに抑留されてしまったの
ひどい生活の中
このままでは死んでしまう・・と
決心して 脱走したんだよ
何としても 家族のもとへ帰らなければ・・と
思ったんだって
途中 汽車の中で捕まった時
たった一枚だけ ポケットに
大切に入れていた
家族の写真を見せたのだそうよ
そうしたら
ソ連の まだ若い将校みたいな人が
「オー」って 赤ちゃんのばあばを指さして
またお父さんを隠してくれたそうよ
そうそう その写真ね
ばあばが赤ちゃんで まんまるいお目々で
すんごくかわいいんだ・・
ばあばの赤ちゃんの時の写真は
これ一枚だけ
戦争で 他には何も残っていないので
お父さんが 大事に大事に持ち帰った
この写真だけなの
ともかくお父さんは 家族の元へ辿り着いて
それからみんなで
満州から日本へ
引き揚げ船でもどってきたの
その時も 満州では
「日本は壊滅状態で
暮らすことが出来るかどうか 判らない・・」
と云う風聞が立っていたから
生活の目途が立つまで
子供を 中国人に預けようか・・と
思ったりしたそうで
リュウさんと云う預け先まで
決めていたのだそうよ
でも土壇場になって
「どんな苦労が待ち受けていようと
家族は離れてはいけない・・」と思い
一家六人で
引き揚げ船に乗ったのね
ともかくお父さんは
飢えと 厳しい寒さの荒野を
何度 家族の写真を眺めながら
自分を励まし 歩きつづけたか・・
「その思い」が忘れられなかったのだろうね
その後 中国とは
長いこと国交断絶していて
離れ離れになった家族が 沢山いたのだから
アァ 一歩先はどうなるか
分らないものだねぇ
ばあばだって
残留孤児になっていたかも知れなかったんだ
ともかくお船に乗ると
一家族に 畳一畳の場所が与えられ、
そこからはみ出ると ひどく怒られたそうで
お母さんは時々
その時の苦労話をしていたなぁ
じっとしていない子供達を含め
一家六人が
たった一畳の中に居るのを
もう今は
想像すら出来ないでいるのだけれど
これは現実の事だったのよ
引き揚げ船の中は そんな風であったのに
ばあばの思い出は
お船で御馳走してくださった
すいとんの美味しかった事なの
二歳だったばあばは
きっと決められた所からはみ出てばかりいて
ひどく怒られたりしていたのだろうに
そんな事 全く覚えていなくて
ぎゅっと握って作られた
あの白いすいとんの 形の面白さが
子供心に
とても印象的だったことを思い出すの
そして
お母さんのお膝に抱えられ
「ごちそうだね ごちそうだね」と言われながら
お口にいれてもらったのを
とても良く覚えているんだよ
© ささきけいこ
お父さんの話 その1
Bonjour Madame!
暑中お見舞い申し上げます
暑い日が続いておりますが、お元気ですか。
この夏休みは長野の安曇野へ行きました。
NHK朝ドラ「おひさま」の舞台・・
と云う訳で、予想してはおりましたが、
想像以上の込み具合。
どこへ移動するにも延々の車の列でした。
おかげで、車窓からゆっくりと
のどかな信州の夏景色をみることが出来ました。
濃い緑におおわれた山や森や田畑、
空には大きな入道雲・・。
信州の夏は本当に素敵です。
8月20日よりいっせいに秋物が入ってきます。
それと並行して、
残暑の厳しい秋口のおしゃれのためにと
バーゲンを延長することにしました。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第24回目をお贈りします。

お父さんの話
その1・・自分自身の姿勢
昔ね ばあばがまだ大学生だった頃の事
お正月で お友達が沢山遊びに来ていたの
皆 それぞれの大学での
「安保闘争」の話をしあっていたの
そこへお父さんが入ってきて
皆の話を
ニコニコしながら
黙って聞いていたのだけれど
突然 こう話し始めたの
ばあばは お父さんが
急に話に割り込んできたので
お友達の手前 恥ずかしくって
「お父さん やめてよ」って言ったの
そうしたらお友達が
「まあ聞こうよ」って言うので
仕方なく聞いたのね
お父さんは こんな話をしたんだ・・
「世の中は いろんな事があるものだよ
理不尽で
思うようにいかないことばかりだろう
だけど
長い目で見ると
自分がこう有りたいと思う方に
行っているものなんだ
自分自身の『姿勢』が大事なんだ
回りがどうであれ
社会がどうであれ
最終的にはすべて 自分自身が
『どういう風に有りたいか』が 問題なんだよ」
ばあばは
今でも この言葉を思い出すの
そして お父さんの事を思うんだ・・
暑中お見舞い申し上げます
暑い日が続いておりますが、お元気ですか。
この夏休みは長野の安曇野へ行きました。
NHK朝ドラ「おひさま」の舞台・・
と云う訳で、予想してはおりましたが、
想像以上の込み具合。
どこへ移動するにも延々の車の列でした。
おかげで、車窓からゆっくりと
のどかな信州の夏景色をみることが出来ました。
濃い緑におおわれた山や森や田畑、
空には大きな入道雲・・。
信州の夏は本当に素敵です。
8月20日よりいっせいに秋物が入ってきます。
それと並行して、
残暑の厳しい秋口のおしゃれのためにと
バーゲンを延長することにしました。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第24回目をお贈りします。
お父さんの話
その1・・自分自身の姿勢
昔ね ばあばがまだ大学生だった頃の事
お正月で お友達が沢山遊びに来ていたの
皆 それぞれの大学での
「安保闘争」の話をしあっていたの
そこへお父さんが入ってきて
皆の話を
ニコニコしながら
黙って聞いていたのだけれど
突然 こう話し始めたの
ばあばは お父さんが
急に話に割り込んできたので
お友達の手前 恥ずかしくって
「お父さん やめてよ」って言ったの
そうしたらお友達が
「まあ聞こうよ」って言うので
仕方なく聞いたのね
お父さんは こんな話をしたんだ・・
「世の中は いろんな事があるものだよ
理不尽で
思うようにいかないことばかりだろう
だけど
長い目で見ると
自分がこう有りたいと思う方に
行っているものなんだ
自分自身の『姿勢』が大事なんだ
回りがどうであれ
社会がどうであれ
最終的にはすべて 自分自身が
『どういう風に有りたいか』が 問題なんだよ」
ばあばは
今でも この言葉を思い出すの
そして お父さんの事を思うんだ・・
マイナス感情に負けないで その3
Bonjour Madame!
お元気ですか。
今朝、蝉の声で目が覚めました。
シャーシャーシャーシャーとアブラゼミ
ミンミンミンミンミンミンミンミンとクマゼミ
鳥がチュンチュン鳴きながら飛んでゆきます。
窓を開けると気持ちよい涼風・・・
今日はお店の定休日。
私の楽しみの、シャンソン教室がある日です。
フランス語と私とは、一生無縁・・と思って
ましたのにね。
そんな訳で、店で時々お稽古の話に花が咲きます。
皆さん本当に熱心で、なかなか奥深い話を
して下さいます。
私は「歌う事」が、いかに身体を丈夫にしたか・・
と云う事を力説します。
「小さい時から気管支が弱くて、
いつも咳き込んでばかりいたのに
シャンソンのお稽古をするようになって
すっかり治ってしまったのよ・・。」という様な
実体験のお話です。
お店にいらしたら、楽しいお話を一杯しましょうね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第23回目をお贈りします。

マイナス感情に負けないで
その3 切磋琢磨
やっぱり偉い人のお話を新聞で見たとき
「良き競争相手に恵まれた事
それが自分を成長させ
人生を幸せにした
今もなお
彼とはよき競争相手であり
人生の かけがえのない友人でもある」
という言葉があったの
「切磋琢磨」と云う言葉があるのよ
ばあばは
「アァ あの言葉はこういう事をいうんだな」
と 思ったんだ
互いに
励ましあい 努力しあい 競争しながら
何かを成し遂げて行く事だけど
そういう友人を
人生の中で 見つける事が出来れば
本当に幸せだね
そんな友人となる人が
自分のすぐそばにいることが判った時
どうするかで
人生が決まっていくように思うのよ
羨んで 妬んだり
悪口を言って 足を引っ張ったりしたら
もう あなたは
「マイナス感情」に負けて
せっかくあなたが
大きく発展していく機会を
失ってしまうんだよ
ばあばは
その事件がニュースで取り上げられていた頃
まりちゃんとお風呂に入りながら
こういうお話をしたの
「目の前の人に勝つことばかり考えていたら
だめなの
世間は広いんだよ
世の中には もっと もっと 優秀な人が
いっぱい いるんだから
きっとあの子は
誰かに言われた事や いろんな事に惑わされ
勉強が手に付かない程に
相手の事を憎んでしまったんだろうね
あのね
本当に勝たなければいけないのは 自分なの
ママも受験勉強したけど 一生懸命やったよ
あんなに必死でやった事無い程に・・
でもね
そのときのがんばりの力が
今だに
お仕事や色々な事に役立っているの」ってね
そうだよ 人って 追い込まれなければ
必死になる事なんて無いんだもの
受験で 必死に勉強をやった・・
その「やれる力」を知っていたことは
ばあばにとって
その後の人生に出くわした
難所を乗り越えるのに本当に役立った・・と
今更ながらに思うんだよ
だから ばあばは思うんだ・・
やっぱり
マイナス感情は
「再生・誕生のメカニズム」だろうって・・
人は
人の間で
色んな感情を味わい
色んな思いをして 育っていくんだね
次々と湧き起こって来る
この「マイナス感情」を
大きな「バネ」にしながら
自分の持てる力を存分に発揮して
物を作り出し
成し遂げ
そうして
自分を
「こうありたい」と思う人間に
一歩ずつ 一歩ずつ
成長させていくものなんだね
© ささきけいこ
お元気ですか。
今朝、蝉の声で目が覚めました。
シャーシャーシャーシャーとアブラゼミ
ミンミンミンミンミンミンミンミンとクマゼミ
鳥がチュンチュン鳴きながら飛んでゆきます。
窓を開けると気持ちよい涼風・・・
今日はお店の定休日。
私の楽しみの、シャンソン教室がある日です。
フランス語と私とは、一生無縁・・と思って
ましたのにね。
そんな訳で、店で時々お稽古の話に花が咲きます。
皆さん本当に熱心で、なかなか奥深い話を
して下さいます。
私は「歌う事」が、いかに身体を丈夫にしたか・・
と云う事を力説します。
「小さい時から気管支が弱くて、
いつも咳き込んでばかりいたのに
シャンソンのお稽古をするようになって
すっかり治ってしまったのよ・・。」という様な
実体験のお話です。
お店にいらしたら、楽しいお話を一杯しましょうね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第23回目をお贈りします。
マイナス感情に負けないで
その3 切磋琢磨
やっぱり偉い人のお話を新聞で見たとき
「良き競争相手に恵まれた事
それが自分を成長させ
人生を幸せにした
今もなお
彼とはよき競争相手であり
人生の かけがえのない友人でもある」
という言葉があったの
「切磋琢磨」と云う言葉があるのよ
ばあばは
「アァ あの言葉はこういう事をいうんだな」
と 思ったんだ
互いに
励ましあい 努力しあい 競争しながら
何かを成し遂げて行く事だけど
そういう友人を
人生の中で 見つける事が出来れば
本当に幸せだね
そんな友人となる人が
自分のすぐそばにいることが判った時
どうするかで
人生が決まっていくように思うのよ
羨んで 妬んだり
悪口を言って 足を引っ張ったりしたら
もう あなたは
「マイナス感情」に負けて
せっかくあなたが
大きく発展していく機会を
失ってしまうんだよ
ばあばは
その事件がニュースで取り上げられていた頃
まりちゃんとお風呂に入りながら
こういうお話をしたの
「目の前の人に勝つことばかり考えていたら
だめなの
世間は広いんだよ
世の中には もっと もっと 優秀な人が
いっぱい いるんだから
きっとあの子は
誰かに言われた事や いろんな事に惑わされ
勉強が手に付かない程に
相手の事を憎んでしまったんだろうね
あのね
本当に勝たなければいけないのは 自分なの
ママも受験勉強したけど 一生懸命やったよ
あんなに必死でやった事無い程に・・
でもね
そのときのがんばりの力が
今だに
お仕事や色々な事に役立っているの」ってね
そうだよ 人って 追い込まれなければ
必死になる事なんて無いんだもの
受験で 必死に勉強をやった・・
その「やれる力」を知っていたことは
ばあばにとって
その後の人生に出くわした
難所を乗り越えるのに本当に役立った・・と
今更ながらに思うんだよ
だから ばあばは思うんだ・・
やっぱり
マイナス感情は
「再生・誕生のメカニズム」だろうって・・
人は
人の間で
色んな感情を味わい
色んな思いをして 育っていくんだね
次々と湧き起こって来る
この「マイナス感情」を
大きな「バネ」にしながら
自分の持てる力を存分に発揮して
物を作り出し
成し遂げ
そうして
自分を
「こうありたい」と思う人間に
一歩ずつ 一歩ずつ
成長させていくものなんだね
© ささきけいこ
マイナス感情に負けないで その2
Bonjour Madame
お元気ですか。
8月1日から始まる最終バーゲン・・
今年もしっかりと品物を揃えました。
「サンマリーは、沢山品物があるから 楽しいわ。」
「サンマリーに来たら、きっと良いものが
見つかるから うれしいわ。」
お客様からのこんな言葉に励まされて
たとえバーゲンの時でも、
目に適った良いものだけを置いています。
着てみると、本当にステキなものばかり・・。
どんな着方も自由な今、「さすが・・」と言われる
おしゃれな着こなしをなさって下さいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第22回目をお贈りします。

マイナス感情に負けないで
その2 再生・誕生のメカニズム
最初にばあばの心に浮かんだのは
なぜ心の中が
「愛」だけじゃないのかって事・・
優しく 温かな「愛」があるだけで
充分じゃないの?・・ってね
そうして ばあばは
ばあば流に
共通項を求めて
世の中に存在するものを見渡してみたの
そうしたら・・ある ある
総てのものは相反する 対極をなすものを
持っているんだよ
先ずは 昼と夜
お日様の温かな光を受けて
ものみな 活き活きと輝き
生き物たちが活動する昼
総ての物が色を失う闇の夜
でも 生き物たちは
この静かな静かな夜の闇の中で
ぐっすりと眠るからこそ
身体が生き返るんだよ
昼間の活動で どんなに疲れ果ててもね
それから・・
暑い夏 寒い冬
花が咲き実を結ぶ春 実る秋
もしも夏が 春のように
いつまでもぬくぬくしてるだけじゃ
冷害が起こって
結んだ実も 実らずに終わるのね
そしてね 寒さに凍てつく冬は
枯葉に埋もれた土が
じっくりと休養を採り
朽ちた葉から たっぷりの栄養をもらって
そうして 再び
花も実も成らせる 豊かな土に
生まれかわるんだよ
その豊かな土に育まれて生きる
生きもの達の世界も
雄と雌がある
ばあばはここまで考えを巡らせて
「あぁ そうだったんだ
これは ものが再生・誕生する為の
メカニズムなんだ・・・」
って気が付いたの
とても偉い人の話の中で
「自分の人生は 妬みや 恨みや
そういう感情との戦いだった・・」
という言葉を聞いて
びっくりしたことがあったよ
この心の中のいろいろの感情 動く心・・
これは どんな人間にも等しく具わった
「人間の特性」なんだね
もっと深く考えていくと
人間が 他の動物と違って
こんなにも発展した事と
大きく関係しているのかも・・
羨むことで
「よし 自分だって・・」とがんばる
そして大きく成長発展していく
相手もそれを見て
「あぁ そこまでいったか
ヨシッ ぼくだってがんばるぞ」
ということになる
そういう気持ちの動きが
人間世界の発展の基なのかも・・
そんな事がハッキリ解かってくると
競争することも楽しくなるもの
「この競争が世界を発展させていくんだ!」
ってね
© ささきけいこ
お元気ですか。
8月1日から始まる最終バーゲン・・
今年もしっかりと品物を揃えました。
「サンマリーは、沢山品物があるから 楽しいわ。」
「サンマリーに来たら、きっと良いものが
見つかるから うれしいわ。」
お客様からのこんな言葉に励まされて
たとえバーゲンの時でも、
目に適った良いものだけを置いています。
着てみると、本当にステキなものばかり・・。
どんな着方も自由な今、「さすが・・」と言われる
おしゃれな着こなしをなさって下さいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第22回目をお贈りします。
マイナス感情に負けないで
その2 再生・誕生のメカニズム
最初にばあばの心に浮かんだのは
なぜ心の中が
「愛」だけじゃないのかって事・・
優しく 温かな「愛」があるだけで
充分じゃないの?・・ってね
そうして ばあばは
ばあば流に
共通項を求めて
世の中に存在するものを見渡してみたの
そうしたら・・ある ある
総てのものは相反する 対極をなすものを
持っているんだよ
先ずは 昼と夜
お日様の温かな光を受けて
ものみな 活き活きと輝き
生き物たちが活動する昼
総ての物が色を失う闇の夜
でも 生き物たちは
この静かな静かな夜の闇の中で
ぐっすりと眠るからこそ
身体が生き返るんだよ
昼間の活動で どんなに疲れ果ててもね
それから・・
暑い夏 寒い冬
花が咲き実を結ぶ春 実る秋
もしも夏が 春のように
いつまでもぬくぬくしてるだけじゃ
冷害が起こって
結んだ実も 実らずに終わるのね
そしてね 寒さに凍てつく冬は
枯葉に埋もれた土が
じっくりと休養を採り
朽ちた葉から たっぷりの栄養をもらって
そうして 再び
花も実も成らせる 豊かな土に
生まれかわるんだよ
その豊かな土に育まれて生きる
生きもの達の世界も
雄と雌がある
ばあばはここまで考えを巡らせて
「あぁ そうだったんだ
これは ものが再生・誕生する為の
メカニズムなんだ・・・」
って気が付いたの
とても偉い人の話の中で
「自分の人生は 妬みや 恨みや
そういう感情との戦いだった・・」
という言葉を聞いて
びっくりしたことがあったよ
この心の中のいろいろの感情 動く心・・
これは どんな人間にも等しく具わった
「人間の特性」なんだね
もっと深く考えていくと
人間が 他の動物と違って
こんなにも発展した事と
大きく関係しているのかも・・
羨むことで
「よし 自分だって・・」とがんばる
そして大きく成長発展していく
相手もそれを見て
「あぁ そこまでいったか
ヨシッ ぼくだってがんばるぞ」
ということになる
そういう気持ちの動きが
人間世界の発展の基なのかも・・
そんな事がハッキリ解かってくると
競争することも楽しくなるもの
「この競争が世界を発展させていくんだ!」
ってね
© ささきけいこ
マイナス感情に負けないで その1
Bonjour Madame!
お元気ですか。
ご無沙汰してごめんなさい。
7月も早いうちから猛暑が来て、この夏の暑さが
思いやられます。
テレビでは節電の工夫を盛んに流していますね。
私は毎朝5時半に起きて、
あちこちの窓を全部開けて
朝のひんやりした風を
家中に流すようにしています。
このブログは、いつも朝起き抜けに書くので、
風が通る時、「なんて気持いいんだろう・・」って
幸せ気分一杯になります。
お店はバーゲン真っ最中、
素敵なものばかり揃っていますから
どうぞ楽しみにお越しくださいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第21回目をお贈りします。

マイナス感情に負けないで
その1・心の有り様を考える
「心」はね・・
こんなにも温かく 優しい
そして総てを許し 包み込む「愛」を
持っているのに
それとは正反対の
怒りや 恨みや 妬みというマイナス感情も
同じ人間の中に
同時に具わっているんだよ
これを思う時 いつも思い出すのは
昔 新聞で見た或る事件のこと・・
それは受験を控えた男の子が
いつも自分と成績を競っている同級生を
殺してしまったの
殺された子は本当に可哀想
そしてばあばは 殺した子の心の内を思う時
「痛ましい事件」・・だと思ってしまうの
どうして ここまで「マイナス感情」を
大きくしてしまったんだろう・・って
テレビで ある国のことを映していて
ばあばは仰天してしまったことがあるの
それは 昔も昔の そのまた大昔
その国が
どこかの国に攻め込まれて負けた事
その恨みを決して忘れないようにと
学校で
小さい時から教え込んでいるんだよ
その国は 貧しそうだった・・
ばあばは 「これじゃあ この国は
ずっとこの状態から抜け出せないだろう・・」
って 思ったの
なぜって
人はね
いつも恨みがましい事を
言ったり したりする人のそばには
近づきたくない
関わりたくないと思うもの
反対に
明るくて
あたたかな
心の広い人のそばにいると
なんだか自分も伸び伸びと
生きていることが
楽しくなってしまう・・
それが人と云う者の正直な心情なんだもの
不幸な事件が起こるのも
不幸な戦争が起こるのも
このマイナス感情を
煽られる事によるものが 殆どなんだよ
この 人を悩ます「マイナス感情」・・
怒ったり
悲しんだり
それは普通の感情だけど
妬んだり
恨んだり
そういった「マイナス感情」が
人の人生を
あるいは世の中を
どんなに大きく狂わせていくものか
皆が解っていなければいけないの
いたずらに
マイナス感情を煽るような事は
決して してはいけないの
愛
喜び
悲しみ
怒り
妬み
恨み・・・
サリバン先生は ケラーに
心の中の
この色々な感情や 気持ちの動きを
どんな風に教えたんだろうねぇ
人の一生も
国の状態も
世の中までも変えてしまう
この 心の有り様というものについて
君達にきちんとお話出来るように
ばあばなりに 一生懸命考えて見たんだよ
© ささきけいこ
お元気ですか。
ご無沙汰してごめんなさい。
7月も早いうちから猛暑が来て、この夏の暑さが
思いやられます。
テレビでは節電の工夫を盛んに流していますね。
私は毎朝5時半に起きて、
あちこちの窓を全部開けて
朝のひんやりした風を
家中に流すようにしています。
このブログは、いつも朝起き抜けに書くので、
風が通る時、「なんて気持いいんだろう・・」って
幸せ気分一杯になります。
お店はバーゲン真っ最中、
素敵なものばかり揃っていますから
どうぞ楽しみにお越しくださいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第21回目をお贈りします。
マイナス感情に負けないで
その1・心の有り様を考える
「心」はね・・
こんなにも温かく 優しい
そして総てを許し 包み込む「愛」を
持っているのに
それとは正反対の
怒りや 恨みや 妬みというマイナス感情も
同じ人間の中に
同時に具わっているんだよ
これを思う時 いつも思い出すのは
昔 新聞で見た或る事件のこと・・
それは受験を控えた男の子が
いつも自分と成績を競っている同級生を
殺してしまったの
殺された子は本当に可哀想
そしてばあばは 殺した子の心の内を思う時
「痛ましい事件」・・だと思ってしまうの
どうして ここまで「マイナス感情」を
大きくしてしまったんだろう・・って
テレビで ある国のことを映していて
ばあばは仰天してしまったことがあるの
それは 昔も昔の そのまた大昔
その国が
どこかの国に攻め込まれて負けた事
その恨みを決して忘れないようにと
学校で
小さい時から教え込んでいるんだよ
その国は 貧しそうだった・・
ばあばは 「これじゃあ この国は
ずっとこの状態から抜け出せないだろう・・」
って 思ったの
なぜって
人はね
いつも恨みがましい事を
言ったり したりする人のそばには
近づきたくない
関わりたくないと思うもの
反対に
明るくて
あたたかな
心の広い人のそばにいると
なんだか自分も伸び伸びと
生きていることが
楽しくなってしまう・・
それが人と云う者の正直な心情なんだもの
不幸な事件が起こるのも
不幸な戦争が起こるのも
このマイナス感情を
煽られる事によるものが 殆どなんだよ
この 人を悩ます「マイナス感情」・・
怒ったり
悲しんだり
それは普通の感情だけど
妬んだり
恨んだり
そういった「マイナス感情」が
人の人生を
あるいは世の中を
どんなに大きく狂わせていくものか
皆が解っていなければいけないの
いたずらに
マイナス感情を煽るような事は
決して してはいけないの
愛
喜び
悲しみ
怒り
妬み
恨み・・・
サリバン先生は ケラーに
心の中の
この色々な感情や 気持ちの動きを
どんな風に教えたんだろうねぇ
人の一生も
国の状態も
世の中までも変えてしまう
この 心の有り様というものについて
君達にきちんとお話出来るように
ばあばなりに 一生懸命考えて見たんだよ
© ささきけいこ
「アイってなに?」に答えて その4
Bonjour Madame!
昨日も今日も、雨ばかり・・。
なんだか憂鬱になってしまいますね。
でもね、先日来私は楽しみなことが出来ました。
それは、先週のお店の定休日に、
お隣の磐田市にある「香りの博物館」で
「中原淳一展」が開催されておりましたので
まり子と一緒に出かけました。
あの美しい瞳の乙女達の原画に会えて
久々に心が躍りました。
愛読していた「ジュニアそれいゆ」・・
その中で何度も読み返した淳一先生や、
今は大御所となられた方々の若き日の
言葉は、私の胸に今なお息づいていたのだと
大きな感銘を得ました。
まり子は、展示されている絵を観、
それに付いている文章を一つ一つ
丁寧に読んでおりましたが、
「ママの時代は良いね。こんな風に
ものをじっくり深く考えさせる本があったなんて・・」
と言いますので、私の青春時代が、
なんだか急に輝いて見えるようでした。
帰りにどっさり本を買って来ましたので、
近頃毎晩 眠る前のひと時を、
中原淳一の絵と文をゆっくりと再読して、
本当に楽しんでおります。
この文章は展覧会の入口に
掲げられていたものです。
もしこの世の中に、
風にゆれる「花」がなかったら、
人の心はもっともっと、荒んでいたかもしれない。
もしこの世の中に「色」がなかったら、
人々の人生観まで変わっていたかもしれない。
もしこの世の中に「信じる」ことがなかったら、
一日として安心しては、いられない。
もしこの世の中に「思いやり」がなかったら、
淋しくて、とても生きてはいられない。
もしこの世の中に「小鳥」が歌わなかったら、
人は微笑むことを知らなかったかもしれない。
もしこの世の中に「音楽」がなかったら、
このけわしい現実から逃れられる時間がなかっただろう。
もしこの世の中に「詩」がなかったら、
人は美しい言葉も知らないままで死んでゆく。
もしこの世の中に「愛する心」がなかったら、
人間はだれもが孤独です。
中原淳一
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第20回目をお贈りします。

「アイってなに?」に答えて
エピソードその4
それからもう一つ お兄さんの思い出・・
お兄さんが病院に入院していた時
見舞いに行くと
お兄さんが ばあばに向かって
「おい しっかりやっているか?」って
大きな手の平を頭に「ボン」と置いたんだよ
おにいさんは 身体の大きい人だったから
小さかったばあばにとっては
それがあまりに強くって
ばあばは長い事「ぶたれた」と
ずっと思っていたんだよ
それから間もなく
お兄さんは死んでしまったから
悲しくって 悲しくってならなかったのに
それだけは「怒れた・・」思い出だったんだ
或る日 君達とさんざん遊んで
バイバイ する時
可愛くって 可愛くってならなかったから
力を込めて手の平いっぱい
たくちゃんの頭に「ボン」と
乗っけたんだよ
「たくちゃん もうすぐ六年生だね
がんばってね」って
皆の乗った車が 遠ざかるのを見送りながら
ばあばは 手の平に残る感触をまだ感じながら
・・お兄さんは 小さかったばあばの事
本当に可愛がってくれていたんだなぁ・・
と思ったんだよ
© ささきけいこ
昨日も今日も、雨ばかり・・。
なんだか憂鬱になってしまいますね。
でもね、先日来私は楽しみなことが出来ました。
それは、先週のお店の定休日に、
お隣の磐田市にある「香りの博物館」で
「中原淳一展」が開催されておりましたので
まり子と一緒に出かけました。
あの美しい瞳の乙女達の原画に会えて
久々に心が躍りました。
愛読していた「ジュニアそれいゆ」・・
その中で何度も読み返した淳一先生や、
今は大御所となられた方々の若き日の
言葉は、私の胸に今なお息づいていたのだと
大きな感銘を得ました。
まり子は、展示されている絵を観、
それに付いている文章を一つ一つ
丁寧に読んでおりましたが、
「ママの時代は良いね。こんな風に
ものをじっくり深く考えさせる本があったなんて・・」
と言いますので、私の青春時代が、
なんだか急に輝いて見えるようでした。
帰りにどっさり本を買って来ましたので、
近頃毎晩 眠る前のひと時を、
中原淳一の絵と文をゆっくりと再読して、
本当に楽しんでおります。
この文章は展覧会の入口に
掲げられていたものです。
もしこの世の中に、
風にゆれる「花」がなかったら、
人の心はもっともっと、荒んでいたかもしれない。
もしこの世の中に「色」がなかったら、
人々の人生観まで変わっていたかもしれない。
もしこの世の中に「信じる」ことがなかったら、
一日として安心しては、いられない。
もしこの世の中に「思いやり」がなかったら、
淋しくて、とても生きてはいられない。
もしこの世の中に「小鳥」が歌わなかったら、
人は微笑むことを知らなかったかもしれない。
もしこの世の中に「音楽」がなかったら、
このけわしい現実から逃れられる時間がなかっただろう。
もしこの世の中に「詩」がなかったら、
人は美しい言葉も知らないままで死んでゆく。
もしこの世の中に「愛する心」がなかったら、
人間はだれもが孤独です。
中原淳一
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第20回目をお贈りします。
「アイってなに?」に答えて
エピソードその4
それからもう一つ お兄さんの思い出・・
お兄さんが病院に入院していた時
見舞いに行くと
お兄さんが ばあばに向かって
「おい しっかりやっているか?」って
大きな手の平を頭に「ボン」と置いたんだよ
おにいさんは 身体の大きい人だったから
小さかったばあばにとっては
それがあまりに強くって
ばあばは長い事「ぶたれた」と
ずっと思っていたんだよ
それから間もなく
お兄さんは死んでしまったから
悲しくって 悲しくってならなかったのに
それだけは「怒れた・・」思い出だったんだ
或る日 君達とさんざん遊んで
バイバイ する時
可愛くって 可愛くってならなかったから
力を込めて手の平いっぱい
たくちゃんの頭に「ボン」と
乗っけたんだよ
「たくちゃん もうすぐ六年生だね
がんばってね」って
皆の乗った車が 遠ざかるのを見送りながら
ばあばは 手の平に残る感触をまだ感じながら
・・お兄さんは 小さかったばあばの事
本当に可愛がってくれていたんだなぁ・・
と思ったんだよ
© ささきけいこ
「アイってなに?」にこたえて その3
ボンジュール マダム
お元気ですか
梅雨空の雲の間から覗いた 高く 青い空。
「何てきれい・・」と、
しばし見とれてしまいした。
今日、ブログを見た福島のお客様から、
お帽子の注文がありました。
その際、お客様が
「今 福島は、風評被害で大変な事になって
いるんです。」と お話されておりました。
私は、数年前 旅した広島を思い出し、その時に
「広島って、なんて緑豊かで美しい所だろう。」
と、泊ったホテルの窓から 光る川面や
緑の山野や 美しい街並みを見下ろしながら、
あの原爆をうけた広島の 今の姿に見とれながら
感慨にふけった事を思い出しました。
そして友人の息子家族が、転勤で行った広島が
あまりにも良いので、「広島に家を建てたい・・」
と言っていたことも思い出しました。
私から見れば、そんな昔の事ではない
直接にうけた原爆の投下・・。
そして広島の人々は、
あの焼け野原に 直ぐにも
生きていく為の 野菜の種を
蒔いたことだろうと、想いを馳せました。
なまじな知識が無かったが故に
再生出来た「広島」を思う時、
知識を振り回して風評被害を大きくし
「住めない日本」を
作り上げてはならないと思いました。
見捨てられたチェルノブイリとは違う
「再生した広島」を手本に、もう一度
美しく、豊かな 世界で一番住み安い日本を
皆で、一歩一歩作り上げていきましょうね。
大流行のチュニックブラウスをご覧ください





それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第19回目をお贈りします。

「アイってなに?」にこたえて
エピソードその3
ばあばは
お兄さんが急に居なくなってしまった事を
どう考えたらよいのか分らなくて
授業中もぼんやりしていたっけ・・
国語の授業で作文があって
ばあばはその作文用紙を前に
考える事も
思う事も
一杯あるのに
何をどう書けばよいのか 途方に暮れたまま
結局 一マスも埋められずに
作文用紙は集められてしまったの
ばあばの学校時代の思い出で
「白紙」で出したのは あの時だけ・・
でも先生は何も言わず
その訳も聞かず
叱ることもしなかった・・
ばあばは この歳になってもまだ
この時の 先生の
生徒を「人として見守る大きな愛」に
思いを馳せる事があって
「自分もこうありたいなぁ」と思うんだよ
なかなかこうはいかないもの
だって 人って
その場 その時の
起った事でしか 物事を判断せず
怒ったり 騒いだり
情け容赦なく
自分の感情をぶつけるのが 普通だもの
先生は ばあばの心を
大切に見守ってくれていたのだと
今更ながら思うのだよ
©ささきけいこ
お元気ですか
梅雨空の雲の間から覗いた 高く 青い空。
「何てきれい・・」と、
しばし見とれてしまいした。
今日、ブログを見た福島のお客様から、
お帽子の注文がありました。
その際、お客様が
「今 福島は、風評被害で大変な事になって
いるんです。」と お話されておりました。
私は、数年前 旅した広島を思い出し、その時に
「広島って、なんて緑豊かで美しい所だろう。」
と、泊ったホテルの窓から 光る川面や
緑の山野や 美しい街並みを見下ろしながら、
あの原爆をうけた広島の 今の姿に見とれながら
感慨にふけった事を思い出しました。
そして友人の息子家族が、転勤で行った広島が
あまりにも良いので、「広島に家を建てたい・・」
と言っていたことも思い出しました。
私から見れば、そんな昔の事ではない
直接にうけた原爆の投下・・。
そして広島の人々は、
あの焼け野原に 直ぐにも
生きていく為の 野菜の種を
蒔いたことだろうと、想いを馳せました。
なまじな知識が無かったが故に
再生出来た「広島」を思う時、
知識を振り回して風評被害を大きくし
「住めない日本」を
作り上げてはならないと思いました。
見捨てられたチェルノブイリとは違う
「再生した広島」を手本に、もう一度
美しく、豊かな 世界で一番住み安い日本を
皆で、一歩一歩作り上げていきましょうね。
大流行のチュニックブラウスをご覧ください
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第19回目をお贈りします。
「アイってなに?」にこたえて
エピソードその3
ばあばは
お兄さんが急に居なくなってしまった事を
どう考えたらよいのか分らなくて
授業中もぼんやりしていたっけ・・
国語の授業で作文があって
ばあばはその作文用紙を前に
考える事も
思う事も
一杯あるのに
何をどう書けばよいのか 途方に暮れたまま
結局 一マスも埋められずに
作文用紙は集められてしまったの
ばあばの学校時代の思い出で
「白紙」で出したのは あの時だけ・・
でも先生は何も言わず
その訳も聞かず
叱ることもしなかった・・
ばあばは この歳になってもまだ
この時の 先生の
生徒を「人として見守る大きな愛」に
思いを馳せる事があって
「自分もこうありたいなぁ」と思うんだよ
なかなかこうはいかないもの
だって 人って
その場 その時の
起った事でしか 物事を判断せず
怒ったり 騒いだり
情け容赦なく
自分の感情をぶつけるのが 普通だもの
先生は ばあばの心を
大切に見守ってくれていたのだと
今更ながら思うのだよ
©ささきけいこ
「アイってなに?」に答えて その2
ボンジュール マダム
お元気ですか。
女性にとって、おしゃれは元気のバロメーター。
サンマリーでは、今年も
アシーナニューヨークのお帽子が大人気。
けれど、あの3月11日を境に
東日本からの注文がパッタリと途絶え、
心痛む日々が続きました。
でも先日、福島の方からの注文が入り
皆で手をたたいて喜びました。
それから続々と、山形や仙台の方からも
注文が入って・・、
アァやっと、おしゃれをしたいと思う
気持ちのゆとりが出来て来たんだなぁと
本当にうれしく思いました。
さあ みんなで がんばって 復活しましょう。
これからのシーズンに素敵な2品をごらんください。
レインコート インポートロッサ ¥43000


インポートロッサ ブラウス ¥39000
カーディ ¥41000


それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第18回目をお贈りします。

「アイってなに?」に答えて
エピソードその2
それからね ばあばが五年生の時
お兄さんが死んだの
お医者さんは「ペニシリンショック」と
云っていたけれど
高校三年生で
受験勉強を一生懸命していたお兄さん
頑丈そうで、ハンサムだったお兄さん
やさしかったお兄さんが死んでしまったの
昨日までいたお兄さんが
急に居なくなってしまった・・・
お葬式の済んだ夜
泣いてばかりいるお母さんを誘って
お父さんは
お兄さんの遺していったマントをはおり
高下駄を履いて お庭に出たのね
小さい庭だから 窓のそばにいるばあばには
お母さんの泣きじゃくる声が ずっと聞こえていた
そうしたらお父さんが
「あの子は 好きな子がいたかなぁ・・
恋愛をしたかなぁ・・」ってポツリと言ったの
お母さんの泣き声が大きくして
そんなお母さんの肩を
お父さんはマントでくるんで
暗いお庭をグルグル歩きつづけていて
まるでそれは
お兄さんが 好きな子と
肩を抱き合って歩いているようだった
窓辺で二人を見ていたばあばは
腕に口を押し当てて 声を殺して泣いたっけ
ばあばはその頃まだ小さかったから
「好きな子」 「恋愛」という意味は
はっきり解ってはいなかったけれど
生きている間にしか得られない
大切な何か・・
そして大きな幸せ・・
なのだろうと思った
© ささきけいこ
お元気ですか。
女性にとって、おしゃれは元気のバロメーター。
サンマリーでは、今年も
アシーナニューヨークのお帽子が大人気。
けれど、あの3月11日を境に
東日本からの注文がパッタリと途絶え、
心痛む日々が続きました。
でも先日、福島の方からの注文が入り
皆で手をたたいて喜びました。
それから続々と、山形や仙台の方からも
注文が入って・・、
アァやっと、おしゃれをしたいと思う
気持ちのゆとりが出来て来たんだなぁと
本当にうれしく思いました。
さあ みんなで がんばって 復活しましょう。
これからのシーズンに素敵な2品をごらんください。
レインコート インポートロッサ ¥43000
インポートロッサ ブラウス ¥39000
カーディ ¥41000
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第18回目をお贈りします。
「アイってなに?」に答えて
エピソードその2
それからね ばあばが五年生の時
お兄さんが死んだの
お医者さんは「ペニシリンショック」と
云っていたけれど
高校三年生で
受験勉強を一生懸命していたお兄さん
頑丈そうで、ハンサムだったお兄さん
やさしかったお兄さんが死んでしまったの
昨日までいたお兄さんが
急に居なくなってしまった・・・
お葬式の済んだ夜
泣いてばかりいるお母さんを誘って
お父さんは
お兄さんの遺していったマントをはおり
高下駄を履いて お庭に出たのね
小さい庭だから 窓のそばにいるばあばには
お母さんの泣きじゃくる声が ずっと聞こえていた
そうしたらお父さんが
「あの子は 好きな子がいたかなぁ・・
恋愛をしたかなぁ・・」ってポツリと言ったの
お母さんの泣き声が大きくして
そんなお母さんの肩を
お父さんはマントでくるんで
暗いお庭をグルグル歩きつづけていて
まるでそれは
お兄さんが 好きな子と
肩を抱き合って歩いているようだった
窓辺で二人を見ていたばあばは
腕に口を押し当てて 声を殺して泣いたっけ
ばあばはその頃まだ小さかったから
「好きな子」 「恋愛」という意味は
はっきり解ってはいなかったけれど
生きている間にしか得られない
大切な何か・・
そして大きな幸せ・・
なのだろうと思った
© ささきけいこ
「アイって何?」に応えて その1
ボンジュール マダム
お元気ですか。
5月の爽やかな風、そして光。
先日、久しぶりに信州に遊びに行きました。
青葉、若葉・・
新緑の美しさが目に沁みるようでした。
そして、田畑の畦道や野面に広がる
タンポポのじゅうたん・・。
濃い緑の葉は地面を覆い、
その上に輝く黄色の花、花、花・・。
自然の活気溢れる美しさを満喫した旅でした。
早速 店のウインドウに、
あの活き活きと咲くタンポポを思わせるような
明るい黄色のジャケットを飾って見ました。
ウインドウがパッと明るくなり、
楽しい夏がやってきそうです。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第17回目をお贈りします。

「アイってなに?」に答えて
エピソードその1
「アイ」は漢字で書くと 「愛」って書くの
ばあばの小学校の頃
五 六年を担任して下さった杉山先生は
毎日 詩を読んで下さったの
それから いろんなお話をしてくれてね
そのお話が「心に沁みいる」ようだった事を
今でも覚えているよ
ある日 先生は
「病気のお母さんに軽い布団を買って上げたい」
って云う 自作の詩を読んで下さったの
ばあばは その時の先生の顔も 言葉も
本当に鮮明に覚えているんだよ
先生は とっても照れくさそうな顔で
お母さんへの想いをお話していたなぁ・・
そうよ 「愛」って
面と向かって皆に話すのは
照れ臭いものかも・・
だって自分の心の中の
一番純粋で
一番大切なものだもの
そして守りたいものだものね
ばあばが初めて
愛は 優しい気持ちを生み出すもの
愛は 温かな気持ちを生み出すもの
そして
大切に守ろうという気持ちを生み出すものって
心の内にある「愛」というものを知ったのは
この時かも・・・
© ささきけいこ
お元気ですか。
5月の爽やかな風、そして光。
先日、久しぶりに信州に遊びに行きました。
青葉、若葉・・
新緑の美しさが目に沁みるようでした。
そして、田畑の畦道や野面に広がる
タンポポのじゅうたん・・。
濃い緑の葉は地面を覆い、
その上に輝く黄色の花、花、花・・。
自然の活気溢れる美しさを満喫した旅でした。
早速 店のウインドウに、
あの活き活きと咲くタンポポを思わせるような
明るい黄色のジャケットを飾って見ました。
ウインドウがパッと明るくなり、
楽しい夏がやってきそうです。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第17回目をお贈りします。
「アイってなに?」に答えて
エピソードその1
「アイ」は漢字で書くと 「愛」って書くの
ばあばの小学校の頃
五 六年を担任して下さった杉山先生は
毎日 詩を読んで下さったの
それから いろんなお話をしてくれてね
そのお話が「心に沁みいる」ようだった事を
今でも覚えているよ
ある日 先生は
「病気のお母さんに軽い布団を買って上げたい」
って云う 自作の詩を読んで下さったの
ばあばは その時の先生の顔も 言葉も
本当に鮮明に覚えているんだよ
先生は とっても照れくさそうな顔で
お母さんへの想いをお話していたなぁ・・
そうよ 「愛」って
面と向かって皆に話すのは
照れ臭いものかも・・
だって自分の心の中の
一番純粋で
一番大切なものだもの
そして守りたいものだものね
ばあばが初めて
愛は 優しい気持ちを生み出すもの
愛は 温かな気持ちを生み出すもの
そして
大切に守ろうという気持ちを生み出すものって
心の内にある「愛」というものを知ったのは
この時かも・・・
© ささきけいこ
ヘレンケラーのお話
ボンジュール マダム
お元気ですか
爽やかな季節となりましたね
店の中も夏服に衣替え。

先日乗ったタクシーの運転手さんが
「お店のウインドウは、きれいですねぇ。
僕、男だけど
おたくの店の前を通るの好きなんですよ。」
って言うので、まり子社長に報告。
気を良くした二人は
「もっともっと素敵に飾ろうね」って
話合いました。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第16回目をお贈りします。
ヘレン・ケラーのお話
心の中にも名前がある
ばあばの 小学校の頃の思い出でね
社会科の授業で 先生が
「これを歴史と云います」と
歴史というものの説明をして
太古から現代に至るまでの
変遷をたどりながら
今の世の中が
どんなに進歩し 発展したかを
お話して下さった事があったの
ばあばは そのお話を聞きながら
「文明は進歩するのに
どうして 人の心は同じ処にいるんだろう」
って 思った・・・
たぶんそれは
人は
生まれて
何もない
ゼロの状態から
「心」を作り上げて
いかねばならないからだろうって考えたの
この前の夜
「さあ 今日は何を読もうかな」って言ったら
パラパラ ページを繰っていたゆうちゃんが
「ばあば これ読んで」って言うので 見たら
「ヘレン・ケラー」の伝記だったのね
「難しいお話だなぁ・・解るかなぁ」と
思ったけど 読んであげたんだよ
幼い時 お病気でひどい高熱を出した後
一命は取り留めたけど
目も見えず 耳も聞こえず 口もきけないという
三重苦の人になってしまったケラー
言いたいことも儘ならないから
やたらに暴れたりして
手がつけられない状態になっていく我が子を見て
お父さんもお母さんも
どんなに心を痛めただろう・・
そして
「これは特別な教育をしてあげなくてはいけない」
と考え サリバンさんという女の先生に
お願いしたのね
そこから 二人の苦闘の日々が始まるのだけど
ある日 冷たい水に驚いたケラーを見た時
サリバンさんは
「物には名前があることを教えねば
何事も始まらない」と気が付き
ケラーの手のひらに
「水」のスペルを書いて
それから
水を触らせ
飲ませ
何度も何度も繰り返し
「水」のスペルと
それが「水」であることを教えたのね
いろんな名前を教え
そして名前は
形のあるものばかりに付くのではなく
心の中にも
いろんな名前があることを教えたの
ばあばが そのお話の箇所を読んでいたら
そろそろもう眠るかなぁ・・と思っていた
ゆうちゃんが
ガバッって撥ね起きて
「ばあば アイってなに?」って 言ったのね
「そうか
ゆうちゃんの心も
今から作られていくんだ・・」って 思ったよ
© ささきけいこ
bばあばと話そうよ 第3章
ボンジュール マダム
お元気ですか。
今日は風も穏やかで、春らしい一日でした。
出勤の道すがら見上げる浜松城の桜は
今を盛りに咲き誇り、
朝の光に輝いておりました。
そして帰りの道すがら見ますと、
ライトアップに映え、幽玄の美しさ・・
国破れて山河あり
城春にして草木深し
そんな詩が頭を過りました。
戦禍ではないけれど、自然の災害で
日本の半分が壊滅状態・・・
原発事故も併発・・・
こんな状態の中から
どうやって再起したらいいのだろう
この一月間、お客様や、取引先の方々と
色んなお話をしました。
実は、あの阪神淡路震災の後、
今だに関西方面の経済は、かってのような
活気を取り戻せずにいるのです。
でも先日、出張で大阪へ行ったまり子社長が
メーカーの担当者さんが
「東北の人達の分までがんばって
日本を再起させなければ・・」と言ったので
涙が出そうだったと話しておりました。
店では「浜松まつり」が取り止めになった事が
浜松の経済にどんなに大きな打撃を与えたか
をひしひしと感じます。
凧職人を抱えている店屋さんの方々
酒屋さんの方々
お弁当屋さんの方々
飲食店の方々
ハッピやユカタを誂える着物屋さんの方々
それを縫うお針子さんの方々
宿泊施設の方々
タクシー業界の方々
祭りが大きいだけに受ける打撃も大きい・・。
そして何より 初子さんたち・・。
浜松まつりは、本来
子供の誕生を町を挙げて祝おう・・とする
お祭りなのです。
店という仕事は、様々な業界の方と
お話する機会を得ます。
皆が異口同音に言った事は、
「東北の人達を支援する為にも
無事でいる私達が、一生懸命働かなければ
いけないのに・・。
それにお祭りに参加する人全員に
東北復興の支援金を出していただいたら
沢山集められたでしょうにね・・。」
という言葉でした。
戦後、総てを失った処から再起し
復興してきた日々を見ている私にとって、
人が生きていく上で、
日常の憂さを忘れたお祭り騒ぎでの
笑いや、歓びが
どんなに大事な事かが分かるのです。
この夏 東北では、お祭りも花火も全部
やろうと決めたそうです。
東北の人々が培ってきた この強い精神力に
頭が下がります。
東北への支援、日本の復興・・
これからの長い道のりを思う時、
私は、皆の心が決してへこたれない様
明るく、前を向いて歩ける様
心してお客様と接していこうと思いました。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第15回目をお贈りします。

ばあばと話そうよ 第3章
ある科学者が こんなお話をするのを
聞いた事があるんだよ
「自分は科学的な現象を解明する時
文学的に深く考えることによって
それを解き明かす事がよくある・・」って
文学的って
つまり
人の心の動きが
その人にどんな現象を生むか・・
それが
周りの人に
しいては世の中に
どんな波紋を広げ・・
どんな影響を生むか・・ってことを
心を通して
掘り下げていく事だと思うけど
ばあばは
「ウーム ナルホド」と考えながら
科学的な現象も
人間世界の現象も
この同じ地球上に生まれ
変化しながら
存在していくものだもの
きっと 共通項があって
「心の動き」は
すべての
キーワードなんだろうと思ったよ
心は動くものなんだよ
何にも知らない赤ちゃんで生まれて
見たり聞いたりしながら
人は心を成長させていくんだね
だけどねぇ
己一人が経験する事なんて
この広い世の中にあっては
ちっぽけなものなの
よく意見が違うことで
喧嘩している人達がいるでしょ
怒りがエスカレートして暴言を吐いて
大喧嘩になったりしてねぇ・・・アッハッハ
でもね
良く考えて見れば
相手は喧嘩になるほど
その事について
一生懸命考えているということなんだよ
だから
そう云う時こそ
その人の意見の真意というか
意見の土台となっているものに
耳を傾けてみる姿勢が
大事なんだよ
ばあばはこの歳になって
「そうだったんだ・・」って分かった事があるの
人と人との間で大切な事は
聞く耳をもつ事なの
たとえ 自分とは意見が違っていても
相手の言うところの
意見の裏打ちとなる「訳」を
じっくり聞いて
その事について考えて見る・・
そういう姿勢をもつ相手には
人は
落ち着いて
真剣にお話出来るものなの
面白いもんでしょう
「落ち着いて 真剣に お話出来る・・」
そんな相手には
人は 心を開いて お話出来るものなんだよ
そうして 人と人との結びつきの上で
一番大事な
信頼関係が生まれるんだよ
大事なことは
正論で相手の口を塞ぐ・・とか
言い負かす・・とか云うもんじゃないんだよ
相手が悪けりゃ仕方ない・・とも思うけれど
そんな時 ばあばは
昔読んだ新聞記事を思い出すの
ある女子大生を誘拐した犯人の話なんだけど・・
人を誘拐して身代金を取ろうとする人など
根性の曲がった相当の悪人だと思うけどね
ところがその悪人が捕まった後
「もし許されるなら 彼女ともっと話がしたい・・」
と言ったという記事が載っていたの
ばあばはね その記事を書いた記者さんの事も
面白いなぁって思ったんだよ
だって普通なら
犯人が逮捕された事だけを 書くものでしょ
余程 犯人の言った事が胸に響いたんだろうね
ばあばもね その女子大生が犯人に
「どんな話をしたんだろう・・」と
時々思い出しては 考えていたの
そんな若いお嬢さんが
哲学的な事を言ったとも思えないし
戒めの言葉じゃ 悪人の怒りを誘うだけだし
? ? ?・・・
考えても 考えても 判らないけれど
ばあばは 皆とお話しているうちに
あぁ これだけは確かだろう・・って思ったの
それは
お嬢さんが 聞く耳を持っていた・・って事
ばあばは この歳になっても
「解らない・・」んだよ
どうして こんなにも素晴らしい「人間」が
国中を悪人の塊と化す「戦争」というものを
引き起こすのか
戦争を無くしたいばあばは
もっと真剣に「聞く耳」を持って
様々な歴史やエピソードを
もう一度 自分なりに
紐解いてみよう・・って思ったの
そうして 人々の「心の動き」を
じっくり考えて見ようと思うんだ・・
お元気ですか。
今日は風も穏やかで、春らしい一日でした。
出勤の道すがら見上げる浜松城の桜は
今を盛りに咲き誇り、
朝の光に輝いておりました。
そして帰りの道すがら見ますと、
ライトアップに映え、幽玄の美しさ・・
国破れて山河あり
城春にして草木深し
そんな詩が頭を過りました。
戦禍ではないけれど、自然の災害で
日本の半分が壊滅状態・・・
原発事故も併発・・・
こんな状態の中から
どうやって再起したらいいのだろう
この一月間、お客様や、取引先の方々と
色んなお話をしました。
実は、あの阪神淡路震災の後、
今だに関西方面の経済は、かってのような
活気を取り戻せずにいるのです。
でも先日、出張で大阪へ行ったまり子社長が
メーカーの担当者さんが
「東北の人達の分までがんばって
日本を再起させなければ・・」と言ったので
涙が出そうだったと話しておりました。
店では「浜松まつり」が取り止めになった事が
浜松の経済にどんなに大きな打撃を与えたか
をひしひしと感じます。
凧職人を抱えている店屋さんの方々
酒屋さんの方々
お弁当屋さんの方々
飲食店の方々
ハッピやユカタを誂える着物屋さんの方々
それを縫うお針子さんの方々
宿泊施設の方々
タクシー業界の方々
祭りが大きいだけに受ける打撃も大きい・・。
そして何より 初子さんたち・・。
浜松まつりは、本来
子供の誕生を町を挙げて祝おう・・とする
お祭りなのです。
店という仕事は、様々な業界の方と
お話する機会を得ます。
皆が異口同音に言った事は、
「東北の人達を支援する為にも
無事でいる私達が、一生懸命働かなければ
いけないのに・・。
それにお祭りに参加する人全員に
東北復興の支援金を出していただいたら
沢山集められたでしょうにね・・。」
という言葉でした。
戦後、総てを失った処から再起し
復興してきた日々を見ている私にとって、
人が生きていく上で、
日常の憂さを忘れたお祭り騒ぎでの
笑いや、歓びが
どんなに大事な事かが分かるのです。
この夏 東北では、お祭りも花火も全部
やろうと決めたそうです。
東北の人々が培ってきた この強い精神力に
頭が下がります。
東北への支援、日本の復興・・
これからの長い道のりを思う時、
私は、皆の心が決してへこたれない様
明るく、前を向いて歩ける様
心してお客様と接していこうと思いました。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第15回目をお贈りします。
ばあばと話そうよ 第3章
ある科学者が こんなお話をするのを
聞いた事があるんだよ
「自分は科学的な現象を解明する時
文学的に深く考えることによって
それを解き明かす事がよくある・・」って
文学的って
つまり
人の心の動きが
その人にどんな現象を生むか・・
それが
周りの人に
しいては世の中に
どんな波紋を広げ・・
どんな影響を生むか・・ってことを
心を通して
掘り下げていく事だと思うけど
ばあばは
「ウーム ナルホド」と考えながら
科学的な現象も
人間世界の現象も
この同じ地球上に生まれ
変化しながら
存在していくものだもの
きっと 共通項があって
「心の動き」は
すべての
キーワードなんだろうと思ったよ
心は動くものなんだよ
何にも知らない赤ちゃんで生まれて
見たり聞いたりしながら
人は心を成長させていくんだね
だけどねぇ
己一人が経験する事なんて
この広い世の中にあっては
ちっぽけなものなの
よく意見が違うことで
喧嘩している人達がいるでしょ
怒りがエスカレートして暴言を吐いて
大喧嘩になったりしてねぇ・・・アッハッハ
でもね
良く考えて見れば
相手は喧嘩になるほど
その事について
一生懸命考えているということなんだよ
だから
そう云う時こそ
その人の意見の真意というか
意見の土台となっているものに
耳を傾けてみる姿勢が
大事なんだよ
ばあばはこの歳になって
「そうだったんだ・・」って分かった事があるの
人と人との間で大切な事は
聞く耳をもつ事なの
たとえ 自分とは意見が違っていても
相手の言うところの
意見の裏打ちとなる「訳」を
じっくり聞いて
その事について考えて見る・・
そういう姿勢をもつ相手には
人は
落ち着いて
真剣にお話出来るものなの
面白いもんでしょう
「落ち着いて 真剣に お話出来る・・」
そんな相手には
人は 心を開いて お話出来るものなんだよ
そうして 人と人との結びつきの上で
一番大事な
信頼関係が生まれるんだよ
大事なことは
正論で相手の口を塞ぐ・・とか
言い負かす・・とか云うもんじゃないんだよ
相手が悪けりゃ仕方ない・・とも思うけれど
そんな時 ばあばは
昔読んだ新聞記事を思い出すの
ある女子大生を誘拐した犯人の話なんだけど・・
人を誘拐して身代金を取ろうとする人など
根性の曲がった相当の悪人だと思うけどね
ところがその悪人が捕まった後
「もし許されるなら 彼女ともっと話がしたい・・」
と言ったという記事が載っていたの
ばあばはね その記事を書いた記者さんの事も
面白いなぁって思ったんだよ
だって普通なら
犯人が逮捕された事だけを 書くものでしょ
余程 犯人の言った事が胸に響いたんだろうね
ばあばもね その女子大生が犯人に
「どんな話をしたんだろう・・」と
時々思い出しては 考えていたの
そんな若いお嬢さんが
哲学的な事を言ったとも思えないし
戒めの言葉じゃ 悪人の怒りを誘うだけだし
? ? ?・・・
考えても 考えても 判らないけれど
ばあばは 皆とお話しているうちに
あぁ これだけは確かだろう・・って思ったの
それは
お嬢さんが 聞く耳を持っていた・・って事
ばあばは この歳になっても
「解らない・・」んだよ
どうして こんなにも素晴らしい「人間」が
国中を悪人の塊と化す「戦争」というものを
引き起こすのか
戦争を無くしたいばあばは
もっと真剣に「聞く耳」を持って
様々な歴史やエピソードを
もう一度 自分なりに
紐解いてみよう・・って思ったの
そうして 人々の「心の動き」を
じっくり考えて見ようと思うんだ・・
鬼子母神
ボンジュール マダム
お元気ですか。
東北関東の大震災から
早くもひと月が経とうとしています。
被災者の方々の為にも・・こんなにも強く、
暖かな春の来るのが待たれたことは
ありません。
今日いらしたお客様は小さいお子様連れ。
こんな時は、ゆっくりお買物が出来るように
必ず店の誰かがお子様のお相手をしています。
お店には大きい、大きい紙が一杯あるので
それにお絵かきをさせると、もう大喜びで
夢中になって描きまくって、本当に楽しそう・・。
お店の中はさながらミニ幼稚園と化しますが
これも私にとって「店」の理想の一つの形。
自分の経験からですが、
いつも忙しいママにとって、
ゆったりと、安心してお買物ができる・・
そんなお店でありたいと思っているからです。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第14回目をお贈りします。

鬼子母神(きしぼじん)
韓国のお隣の国は 北朝鮮だよ
韓国と北朝鮮は昔「朝鮮」と云う一つの国だったの
同じ土壌で 同じ民族なんだよ
この二つの国は
朝鮮戦争で分断してしまったのね
この分断は
或る日突然行われ
隣町まで用事で出かけていて そのまま
家族の元へ戻れなくなってしまった・・
と云うような
信じられない無慈悲なやり方で
断行されたんだって・・・
だから両方の国には
離れ離れになった家族や親戚が
一杯いるんだよ
或る日突然 離れ離れにされた家族を持つ
両国にとって
拉致・・人攫いで受ける家族の悲嘆など
気にもならない事なのだろうか・・
ところが韓国は
そんな「人道」に反する事など しない
北朝鮮は する
それは何でだろう?
その分断は ばあばの小さい頃に行われたの
そして 年を経るに従って
くっきりと明暗を分けていく両国を見て
不思議で 不思議でならなかったんだ
アメリカ寄りとなった韓国は
教育制度が作られ
自由思想の元 自由に物を考え
考える「力」を養い
心を養うまでに至ったのだろう
そしてソ連寄りの政策を執る事となった
北朝鮮は
思想の自由が奪われ
物事を 自由に 真剣に見る事が許されず
他者とそれについて
本音で語り合い
議論する事も許されず
考える「力」を無くしていったのだろう
考える事を許されない者達には
どんな教育制度が与えられようと
それは 知識を得るに止まり
心を養うまでには至らないのではないだろうか・・
ばあばはそんな風に想像して見たんだ
心を養うって
他の人の心にも思いを馳せ
他の人の事にも気を配る事だと思うんだよ
心を養うことは
自ずから「人道」に則ることになるんだね
テレビで 北朝鮮の拉致問題が
繰り返し放映されていた頃
ばあばはお友達と
「何で誘拐するのかねぇ」と云う話になってね
「本当にねぇ・・
私は昔 京城にいたんだけど・・」って言うの
そのお友達は
ばあばより丁度十歳年上だから
その頃はもう小学生だったのね
「親にも 学校の先生にも
『誘拐されるから 一人で歩いてはいけません』
って よく注意されたものよ
だから集団で登下校したの」
「えぇ 何で誘拐するの?」って言ったら
「日本人は 頭が良くて勤勉だからね
その優秀な頭脳と しっかりした働き手が
欲しいからだって」
たぶんその頃 親が話していた言葉で
説明してくれたのだろうね
拉致・・人攫いといえば
ばあばは直ぐに
「鬼子母神」のお話を思い出すの
そうそう いつだったか読んであげた
昔話の中にもあったね
ある「鬼」のお母さんが
自分の子供に食べさせるために
次々 よその子供をさらっては
殺して食べさせていたの
恐ろしいねぇ
鬼のする事だよねぇ
みんな泣き叫び 嘆き悲しんでいるというのに
一向に平気で その所業を続けていたんだって
神様は 鬼のお母さんの子供を隠してしまったの
そうしたら
鬼のお母さんは気違いのようになって
探し回り 泣き叫んだんだって
神様は
「分ったであろう
おまえのさらった子供の
親の気持ちが どんなであったか」と諭したの
子供を返してもらった鬼のお母さんは
心の底から深く反省し
二度としなかったばかりか
今度は子供を守る神様になったんだって
「鬼子母神」といって
子供が病気や怪我をしないように
みんな お参りする神様だよ
「鬼から神様になちゃうの?」って・・
うん うん そうなんだよ
みんな 心次第で変わるものなんだよ
だけど 神様が
鬼の子供を 一時隠したからといって
人がそれをしたら
犯罪になってしまうんだよ
どうしたら北朝鮮の人に
拉致された親御さんや家族の悲しみを
分らせたらいいのだろう
「人をさらう」などという
信じられない事を
国を挙げて行うなんて・・・
ばあばは考えてみたんだ
北朝鮮が 他所の国の人をさらってまで
欲しいものは
頭脳 やるき を持った人間
だったら 拉致された人達と交換に
教育制度作りに手を貸してあげるのはどうだろう
ばあばだったら・・
「鬼子母神」のお話の 絵本を贈って上げたい
君達に読んであげる あの昔話や 伝記の
絵本を贈って上げたい
人ってね 見聞きしたことで
心の持ちようが変わっていくものなの
見聞きするって
実際に自分がその目に遭ってなくても
間接的な経験になるものなんだよ
だってね
君たちも テレビ見たり 映画見たり
御本読んだり お話聞いたりして
大笑いしたり
怒ったり
悲しくって涙が出ちゃったりするでしょう・・
そうだよ
心は
その事を
自分の身になって考える性質があるんだね
だからたとえ見聞きであっても
経験が増え
心が養われ
人間としての幅が出来ていくの
でもねぇ・・・・・ばあばは考えて見たんだ
もしかして北朝鮮は
御本を読むのも
映画を観るのも
物語を聞くのも
人とお話したり議論するのも
全てが「自由」を失っているのではないのか・・って
©ささきけいこ
お元気ですか。
東北関東の大震災から
早くもひと月が経とうとしています。
被災者の方々の為にも・・こんなにも強く、
暖かな春の来るのが待たれたことは
ありません。
今日いらしたお客様は小さいお子様連れ。
こんな時は、ゆっくりお買物が出来るように
必ず店の誰かがお子様のお相手をしています。
お店には大きい、大きい紙が一杯あるので
それにお絵かきをさせると、もう大喜びで
夢中になって描きまくって、本当に楽しそう・・。
お店の中はさながらミニ幼稚園と化しますが
これも私にとって「店」の理想の一つの形。
自分の経験からですが、
いつも忙しいママにとって、
ゆったりと、安心してお買物ができる・・
そんなお店でありたいと思っているからです。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第14回目をお贈りします。
鬼子母神(きしぼじん)
韓国のお隣の国は 北朝鮮だよ
韓国と北朝鮮は昔「朝鮮」と云う一つの国だったの
同じ土壌で 同じ民族なんだよ
この二つの国は
朝鮮戦争で分断してしまったのね
この分断は
或る日突然行われ
隣町まで用事で出かけていて そのまま
家族の元へ戻れなくなってしまった・・
と云うような
信じられない無慈悲なやり方で
断行されたんだって・・・
だから両方の国には
離れ離れになった家族や親戚が
一杯いるんだよ
或る日突然 離れ離れにされた家族を持つ
両国にとって
拉致・・人攫いで受ける家族の悲嘆など
気にもならない事なのだろうか・・
ところが韓国は
そんな「人道」に反する事など しない
北朝鮮は する
それは何でだろう?
その分断は ばあばの小さい頃に行われたの
そして 年を経るに従って
くっきりと明暗を分けていく両国を見て
不思議で 不思議でならなかったんだ
アメリカ寄りとなった韓国は
教育制度が作られ
自由思想の元 自由に物を考え
考える「力」を養い
心を養うまでに至ったのだろう
そしてソ連寄りの政策を執る事となった
北朝鮮は
思想の自由が奪われ
物事を 自由に 真剣に見る事が許されず
他者とそれについて
本音で語り合い
議論する事も許されず
考える「力」を無くしていったのだろう
考える事を許されない者達には
どんな教育制度が与えられようと
それは 知識を得るに止まり
心を養うまでには至らないのではないだろうか・・
ばあばはそんな風に想像して見たんだ
心を養うって
他の人の心にも思いを馳せ
他の人の事にも気を配る事だと思うんだよ
心を養うことは
自ずから「人道」に則ることになるんだね
テレビで 北朝鮮の拉致問題が
繰り返し放映されていた頃
ばあばはお友達と
「何で誘拐するのかねぇ」と云う話になってね
「本当にねぇ・・
私は昔 京城にいたんだけど・・」って言うの
そのお友達は
ばあばより丁度十歳年上だから
その頃はもう小学生だったのね
「親にも 学校の先生にも
『誘拐されるから 一人で歩いてはいけません』
って よく注意されたものよ
だから集団で登下校したの」
「えぇ 何で誘拐するの?」って言ったら
「日本人は 頭が良くて勤勉だからね
その優秀な頭脳と しっかりした働き手が
欲しいからだって」
たぶんその頃 親が話していた言葉で
説明してくれたのだろうね
拉致・・人攫いといえば
ばあばは直ぐに
「鬼子母神」のお話を思い出すの
そうそう いつだったか読んであげた
昔話の中にもあったね
ある「鬼」のお母さんが
自分の子供に食べさせるために
次々 よその子供をさらっては
殺して食べさせていたの
恐ろしいねぇ
鬼のする事だよねぇ
みんな泣き叫び 嘆き悲しんでいるというのに
一向に平気で その所業を続けていたんだって
神様は 鬼のお母さんの子供を隠してしまったの
そうしたら
鬼のお母さんは気違いのようになって
探し回り 泣き叫んだんだって
神様は
「分ったであろう
おまえのさらった子供の
親の気持ちが どんなであったか」と諭したの
子供を返してもらった鬼のお母さんは
心の底から深く反省し
二度としなかったばかりか
今度は子供を守る神様になったんだって
「鬼子母神」といって
子供が病気や怪我をしないように
みんな お参りする神様だよ
「鬼から神様になちゃうの?」って・・
うん うん そうなんだよ
みんな 心次第で変わるものなんだよ
だけど 神様が
鬼の子供を 一時隠したからといって
人がそれをしたら
犯罪になってしまうんだよ
どうしたら北朝鮮の人に
拉致された親御さんや家族の悲しみを
分らせたらいいのだろう
「人をさらう」などという
信じられない事を
国を挙げて行うなんて・・・
ばあばは考えてみたんだ
北朝鮮が 他所の国の人をさらってまで
欲しいものは
頭脳 やるき を持った人間
だったら 拉致された人達と交換に
教育制度作りに手を貸してあげるのはどうだろう
ばあばだったら・・
「鬼子母神」のお話の 絵本を贈って上げたい
君達に読んであげる あの昔話や 伝記の
絵本を贈って上げたい
人ってね 見聞きしたことで
心の持ちようが変わっていくものなの
見聞きするって
実際に自分がその目に遭ってなくても
間接的な経験になるものなんだよ
だってね
君たちも テレビ見たり 映画見たり
御本読んだり お話聞いたりして
大笑いしたり
怒ったり
悲しくって涙が出ちゃったりするでしょう・・
そうだよ
心は
その事を
自分の身になって考える性質があるんだね
だからたとえ見聞きであっても
経験が増え
心が養われ
人間としての幅が出来ていくの
でもねぇ・・・・・ばあばは考えて見たんだ
もしかして北朝鮮は
御本を読むのも
映画を観るのも
物語を聞くのも
人とお話したり議論するのも
全てが「自由」を失っているのではないのか・・って
©ささきけいこ
韓国のバスガイドさんの言葉
ボンジュール マダム
いかがお過ごしでしょうか。
東北新幹線「はやぶさ」が開通し、
あちらへの春の旅行計画をなさっていた方も
多いのではないでしょうか。
だから今回のブログには、楽しい春の旅行着
について書こうと思っていたのですが、
突然起こったこの大災害・・・
言葉を失ってしまいます。
今日、お店にいらしたお客様方と
「何をしてあげたらよいのか」と
話し合いました。
ともかく、何もかも失くし
寒さに震えている人達に、まずは物資を
送ってあげましょうと話し合いました。
関西地震の時、皆から送られ過ぎて
その始末に困った という話も出たのですが、
そんな話は後日談でのこと・・。
「ともかく送ってあげなくては・・」
と結論が出て、早速帰宅してから洗濯機を
回し始めました。
せめて清潔できれいなものを・・と。
今度の定休日、孫の卒園式が終わったら、
その荷作りをしようと思います。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第13回目をお贈りします。

韓国のバスガイドさんの言葉
随分昔の事だけど
韓国で ある大会があってね
じいじと一緒に行くことになったの
その時 じいじがこんな話をしたの
「前に韓国へ行った人達が皆
豊臣秀吉の朝鮮征伐の事を 今だに恨んでいて
いやな思いをしたから
もう行きたくないって言ってるんだ」と・・
ばあばはそれを聞いて
「青天の霹靂」のような驚きをしたんだよ
だって 豊臣秀吉って
ずっと ずうっと 昔の人でしょ
今でこそテレビの大河ドラマで 知っているけど
その頃は 歴史上の人物ぐらいにしか
知らなかったんだもの
ばあばは
戦争が大嫌いな人間
ばあばは 終戦後に小学校へ入学したから
「戦争は いけない事」だって考えを
植え付けられているの
終戦後に小学校へ入った人は 皆そうだよ
ばあばは
「イヤダ イヤダ そんな国へ行きたくない」
と 正直思った
でも じいじが行くので
一緒に付いて行ったの
大会も終わり 観光バスに乗せられ
名所めぐりに出かけたのよ
親切で 優しい感じのガイドさんだった
「アリラン」と云う韓国の歌を唄ってくれてね
それを唄う前に 静かに話し出したの
「豊臣秀吉が朝鮮征伐として
この国へ攻め入って来たこと・・
それが為に いつまでも
韓国人の感情の中に
日本を恨む気持ちがある
私は学校でそのことを習った時
確かにそういう気持ちを覚えました
けれど
勉強をして
もっと様々な世界の歴史を知り
人間というものを知ってくると
日本だけを責める事ではない・・と
思うようになりました
もし韓国にも力が有ったら
同じことをしていたかもと思います
朝鮮半島の中での
民族同士の戦いの為に
そんな力がなかったというだけです
人もそう
国もそう
力をつけてくると
必ずもっと所有欲が起こり
他の国を攻めるようになる
攻めるとなれば 攻め安い所から攻める
この韓国は半島の国です
地形的に見ても攻め安い
まずここから攻めて・・と
思うのは当然のことでしょう
特別日本だけがした事ではなく
韓国の歴史は
こうした地形から
攻め込まれることが
繰り返されてきたのです
韓国の土壌は
殆どが 岩なのです
農民たちは
大変な苦労の中で作物を育てています
そうして育てる作物が
戦のたびに
兵士により踏み荒らされる
そんな 苦労を踏みにじられる
悔しさ 悲しさの
繰り返しの中で なお
農民は明日のための作物を作り続ける
アリランの歌は
繰り返し 繰り返し起こる
苦難に負けず
明日に向かって歩んで行こう・・
峠を越えて行くんだ・・
という意味の含まれた歌なのです」
ばあばは 豊臣秀吉の名前が出た時
「あぁ やっぱり・・」と 身構えてしまった
けれど ガイドさんの美しい哀調のある歌声と
このお話は
ばあばの心に 本当に沁み入った
戦のもたらすもの
誰かの
所有欲や
権力欲を満たすために
沢山の人々の
毎日の努力と苦労を
無にしてしまう
そして明日への希望をも
踏みにじってしまう事になるんだよ
潰された作物を手に
悔しさと悲しみで 体を震わせながら
涙を流している 農民の姿が
目に浮かぶようだった
本当に戦争は
「してはいけない事」なのだよ
勝っても負けても
互いの国の人々の間に
いつまでも いつまでも
「わだかまり」を残すものなんだよ
幾星霜を過ぎても
自分とは 何の関係もない人の起こした事で
恨んだり 恨まれたりする
悲しさ 愚かさ・・・
人の心の習性なんて
簡単には見過ごせられない このマイナーな感情
戦争の大きな原因になるこの感情は
どうしたら払拭できるんだろう
ばあばは このガイドさんの話を思い出しながら
「そうだったんだ・・」と
この解決方法が一つ解ったようでした
それは
「勉強をして
もっと様々な世界の歴史を知り
人間というものを知って
恨みの感情が消えた・・」と 言った言葉
それを解決するのは
いろんな勉強をして
知識として覚えるだけでなく
それを通して 深く広い心を養う事が大切なんだね
そうして 人 皆が
深い心
広い心を持てば
戦争なんか無くなるのだろう・・って
©ささきけいこ
いかがお過ごしでしょうか。
東北新幹線「はやぶさ」が開通し、
あちらへの春の旅行計画をなさっていた方も
多いのではないでしょうか。
だから今回のブログには、楽しい春の旅行着
について書こうと思っていたのですが、
突然起こったこの大災害・・・
言葉を失ってしまいます。
今日、お店にいらしたお客様方と
「何をしてあげたらよいのか」と
話し合いました。
ともかく、何もかも失くし
寒さに震えている人達に、まずは物資を
送ってあげましょうと話し合いました。
関西地震の時、皆から送られ過ぎて
その始末に困った という話も出たのですが、
そんな話は後日談でのこと・・。
「ともかく送ってあげなくては・・」
と結論が出て、早速帰宅してから洗濯機を
回し始めました。
せめて清潔できれいなものを・・と。
今度の定休日、孫の卒園式が終わったら、
その荷作りをしようと思います。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第13回目をお贈りします。
韓国のバスガイドさんの言葉
随分昔の事だけど
韓国で ある大会があってね
じいじと一緒に行くことになったの
その時 じいじがこんな話をしたの
「前に韓国へ行った人達が皆
豊臣秀吉の朝鮮征伐の事を 今だに恨んでいて
いやな思いをしたから
もう行きたくないって言ってるんだ」と・・
ばあばはそれを聞いて
「青天の霹靂」のような驚きをしたんだよ
だって 豊臣秀吉って
ずっと ずうっと 昔の人でしょ
今でこそテレビの大河ドラマで 知っているけど
その頃は 歴史上の人物ぐらいにしか
知らなかったんだもの
ばあばは
戦争が大嫌いな人間
ばあばは 終戦後に小学校へ入学したから
「戦争は いけない事」だって考えを
植え付けられているの
終戦後に小学校へ入った人は 皆そうだよ
ばあばは
「イヤダ イヤダ そんな国へ行きたくない」
と 正直思った
でも じいじが行くので
一緒に付いて行ったの
大会も終わり 観光バスに乗せられ
名所めぐりに出かけたのよ
親切で 優しい感じのガイドさんだった
「アリラン」と云う韓国の歌を唄ってくれてね
それを唄う前に 静かに話し出したの
「豊臣秀吉が朝鮮征伐として
この国へ攻め入って来たこと・・
それが為に いつまでも
韓国人の感情の中に
日本を恨む気持ちがある
私は学校でそのことを習った時
確かにそういう気持ちを覚えました
けれど
勉強をして
もっと様々な世界の歴史を知り
人間というものを知ってくると
日本だけを責める事ではない・・と
思うようになりました
もし韓国にも力が有ったら
同じことをしていたかもと思います
朝鮮半島の中での
民族同士の戦いの為に
そんな力がなかったというだけです
人もそう
国もそう
力をつけてくると
必ずもっと所有欲が起こり
他の国を攻めるようになる
攻めるとなれば 攻め安い所から攻める
この韓国は半島の国です
地形的に見ても攻め安い
まずここから攻めて・・と
思うのは当然のことでしょう
特別日本だけがした事ではなく
韓国の歴史は
こうした地形から
攻め込まれることが
繰り返されてきたのです
韓国の土壌は
殆どが 岩なのです
農民たちは
大変な苦労の中で作物を育てています
そうして育てる作物が
戦のたびに
兵士により踏み荒らされる
そんな 苦労を踏みにじられる
悔しさ 悲しさの
繰り返しの中で なお
農民は明日のための作物を作り続ける
アリランの歌は
繰り返し 繰り返し起こる
苦難に負けず
明日に向かって歩んで行こう・・
峠を越えて行くんだ・・
という意味の含まれた歌なのです」
ばあばは 豊臣秀吉の名前が出た時
「あぁ やっぱり・・」と 身構えてしまった
けれど ガイドさんの美しい哀調のある歌声と
このお話は
ばあばの心に 本当に沁み入った
戦のもたらすもの
誰かの
所有欲や
権力欲を満たすために
沢山の人々の
毎日の努力と苦労を
無にしてしまう
そして明日への希望をも
踏みにじってしまう事になるんだよ
潰された作物を手に
悔しさと悲しみで 体を震わせながら
涙を流している 農民の姿が
目に浮かぶようだった
本当に戦争は
「してはいけない事」なのだよ
勝っても負けても
互いの国の人々の間に
いつまでも いつまでも
「わだかまり」を残すものなんだよ
幾星霜を過ぎても
自分とは 何の関係もない人の起こした事で
恨んだり 恨まれたりする
悲しさ 愚かさ・・・
人の心の習性なんて
簡単には見過ごせられない このマイナーな感情
戦争の大きな原因になるこの感情は
どうしたら払拭できるんだろう
ばあばは このガイドさんの話を思い出しながら
「そうだったんだ・・」と
この解決方法が一つ解ったようでした
それは
「勉強をして
もっと様々な世界の歴史を知り
人間というものを知って
恨みの感情が消えた・・」と 言った言葉
それを解決するのは
いろんな勉強をして
知識として覚えるだけでなく
それを通して 深く広い心を養う事が大切なんだね
そうして 人 皆が
深い心
広い心を持てば
戦争なんか無くなるのだろう・・って
©ささきけいこ
人間の生活の成り立ち
ボンジュール マダム
お元気?
花粉症は大丈夫?
先日、桃の節句の日あたりの寒さは堪えましたね。
つい口から「早春譜」の歌が出てしまいました。
でも、もうすぐ本格的な春になりますよ。
春になったらおしゃれをして、
いっぱいお出掛けしましょうね。
今日は、アトリエサガンのニット作品を
ご紹介しましょう。
刺繍が作り上げるこの優しさ、愛らしさ・・
着るだけで、女性に生れた幸せを感じます。
サンマリーでも 歴史のあるメーカー。
お客様にも根強い人気があって、毎シーズン
「これステキでしょ。」と言って
以前お買い上げのものを着て来てくださる
お客様が沢山おります。
こんな時、「お洋服を愛して、
大切に着て下さっているんだなぁ」と、
本当にうれしくなります。
フェミニンなお洋服の良さは
流行に左右されないところでしょうね。
それでは今年の作品をご覧ください。


それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第12回目をお贈りします。
人間の生活の成り立ち
さてこの前 人間は雑食動物ってお話したでしょ
だから 人間は
もちろん 他の肉食動物と同じく
太古の時代は
動物を追いかけて
走りまわっていたのだよ
そして草食動物でもあるから
そのうち 稲を作ったり
他の植物性食べ物
野菜や
果実やらを
作ったりし出したのだろうね
そうしてだんだん
走り回ってする危険な狩りをせずに済むよう
おとなしい動物を
食糧として 飼育することも
覚えていったんだね
食物を じっくり安定して育てるために
その場所に 住み着くようになったのかもね
こうして考えていくと
人間の生活の成り立ちが
解るような気がしてきたよ
植物性食糧を有るもので賄って
羊が食べる草を求めながら
移動生活をしていく遊牧民には
ひと所で生活する考えがないから
「定住する土地を持つ」
という考えは無かったのだろうね
この前 テレビを見ていたら どこの国だったか
ジプシーと呼ばれる人たちが
何時ものようにやってきて
羊を放して 草を食べさせている光景の近くで
「勝手にこうされるのは困るんだ」と
怒っているおじさんの姿を映していたよ
広い広い地球上に 人も少なく
皆で協力して
食糧のための動物を追いかけた頃の時代とは
もう違っているのだね
食糧を作るために
住むための家が出来
決まった土地で耕すために
所有権が出来
あっちの土地の方が作物が良く成るぞ と
権利の奪い合いが起こり・・
いっそ全部取ってしまえ と
戦争が起こり・・
©ささきけいこ
ルンルンお掃除で 決心したこと
ボンジュール
お元気ですか
先日お店の中で開催したストール講座は
大好評でした。
これは浜松の[町おこし]の一環で始めた
「町ゼミ」の第1回目。
町の中には、魅力あるお店や
専門知識をもっているお店が一杯あるのだから、
それぞれの店がそれを充分活かして
お客様が楽しみに来て下さる町にしようと
企画したものです。
まり子社長はその委員長にされ(何故かというと
若い女性の意見を活かしたいのだそうです。)
朝から晩まで忙しく動いています。
そこで私も協力体制。がんばりまーす。
さてストール、
お店では薄手パシュミナのストールが
沢山入りました。
展示会で発注した選りすぐりの色と柄。
それぞれ素敵なので、
お好みの物を見つけて下さいね。
ストールといえば忘れないのは、
イタリアの街角で出会った女性。
まだ日本では、寒さよけに
そっと肩にかけるだけの頃、
首から両サイドに流して
太いベルトで押さえていました。
その大胆さと手法は私の目を開かせたようです。
お洋服の上で出来る芸術作品だと・・。
ストールの巻き方には様々、その巻き方を
最初にした人の名前がついています。


懐かしい真知子巻き、
中尾巻き
ミッシェル巻き・・等々
さぁ、鏡の前に立って
思い付くままストールと遊んでください。
あなたの名前をつけた芸術作品を
作り出しましょうよ。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第11回目をお贈りします。

ルンルンお掃除で 決心したこと
それでね
ばあばは 小さな時間を見つけては
ルンルン お掃除している間に
いろんなことを知っていったの
一分間で
どの位のことが出来るか
五分間では
どこまで出来るか
三十分では
何をし終えることが出来るか
一時間あれば
どんな事が出来るか
とても具体的に分かるようになって
何だか急に
時間がたっぷりあるようになってね
お家の事も お仕事の事も
お稽古も
君たちと楽しむ時間も
ゆったり しっかり
時間を作ることが出来るようになったんだよ
或る朝
お台所で朝食の準備をしていたの
テレビでは相変わらず
イラク戦争で
昨日 百何十人の民間人が
巻き添えをくって死にました・・・
というニュースが流れていた
毎日繰り返される戦死者の報告
瓦礫の中で
抱きしめてくれる人もなく
埃にまみれ
涙にまみれながら
泣き続ける子供の姿
あぁ・・
みんなが望んでいる戦争のない世界
それは不可能な事?
ばあばはその朝 決心したんだ
戦争のない世界にするために
ばあばにだって 出来る事がきっとある・・ってね
それから毎朝 一時間早起きして
戦争の無い世界を作る為
あなた達への[お話]を書き続けようと思ったの
©ささきけいこ
お元気ですか
先日お店の中で開催したストール講座は
大好評でした。
これは浜松の[町おこし]の一環で始めた
「町ゼミ」の第1回目。
町の中には、魅力あるお店や
専門知識をもっているお店が一杯あるのだから、
それぞれの店がそれを充分活かして
お客様が楽しみに来て下さる町にしようと
企画したものです。
まり子社長はその委員長にされ(何故かというと
若い女性の意見を活かしたいのだそうです。)
朝から晩まで忙しく動いています。
そこで私も協力体制。がんばりまーす。
さてストール、
お店では薄手パシュミナのストールが
沢山入りました。
展示会で発注した選りすぐりの色と柄。
それぞれ素敵なので、
お好みの物を見つけて下さいね。
ストールといえば忘れないのは、
イタリアの街角で出会った女性。
まだ日本では、寒さよけに
そっと肩にかけるだけの頃、
首から両サイドに流して
太いベルトで押さえていました。
その大胆さと手法は私の目を開かせたようです。
お洋服の上で出来る芸術作品だと・・。
ストールの巻き方には様々、その巻き方を
最初にした人の名前がついています。


懐かしい真知子巻き、
中尾巻き
ミッシェル巻き・・等々
さぁ、鏡の前に立って
思い付くままストールと遊んでください。
あなたの名前をつけた芸術作品を
作り出しましょうよ。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第11回目をお贈りします。
ルンルンお掃除で 決心したこと
それでね
ばあばは 小さな時間を見つけては
ルンルン お掃除している間に
いろんなことを知っていったの
一分間で
どの位のことが出来るか
五分間では
どこまで出来るか
三十分では
何をし終えることが出来るか
一時間あれば
どんな事が出来るか
とても具体的に分かるようになって
何だか急に
時間がたっぷりあるようになってね
お家の事も お仕事の事も
お稽古も
君たちと楽しむ時間も
ゆったり しっかり
時間を作ることが出来るようになったんだよ
或る朝
お台所で朝食の準備をしていたの
テレビでは相変わらず
イラク戦争で
昨日 百何十人の民間人が
巻き添えをくって死にました・・・
というニュースが流れていた
毎日繰り返される戦死者の報告
瓦礫の中で
抱きしめてくれる人もなく
埃にまみれ
涙にまみれながら
泣き続ける子供の姿
あぁ・・
みんなが望んでいる戦争のない世界
それは不可能な事?
ばあばはその朝 決心したんだ
戦争のない世界にするために
ばあばにだって 出来る事がきっとある・・ってね
それから毎朝 一時間早起きして
戦争の無い世界を作る為
あなた達への[お話]を書き続けようと思ったの
©ささきけいこ
ルンルンお掃除で 思い出したこと
ボンジュール マダム
お元気ですか?
早くも、今年の秋冬の展示会が始まり、
定休日を利用して出かけました。
途中、新幹線の中から見た富士山の
きれいだったこと・・
フランス製のCHACOK(シャコック)は
お店では大人気。
ここの色使いはパッションがあり、
見るだに、体に力が湧いてきます
さすが芸術の都からのファッション・・・
サンマリーでの展示会は、
4月13日~17日に予定されました。
乞うご期待!楽しみにお待ち下さいね。
エスカーダ(ドイツ製)の秋冬物展示会も
素敵なスーツが一杯あって、
うれしくなりました。
世界中を覆った不況の嵐の中で
それぞれのメーカーが、
地に足をつけ、
ここならではの感性を磨いた、
実に素晴らしい作品を作り上げていました。
ファッションを通して、人間の内なる力、
復活の力を感じた一日でした。
春夏物のお洋服が一杯入ってきました。
明るくカラフルな色合いで
お店の中は一足早く春です。
どうぞ楽しみにお出かけ下さいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第10回目をお贈りします。

絵 ゆうこう
ルンルンお掃除で 思い出したこと
ルンルン お掃除しながら
ばあばは こんな事を思い出した・・・
ばあばが中学生だった頃
お父さんに付いて
豊橋の本多さんのお宅で開かれた
お花見の会に出かけたのね
いっぱいの人がいて
幾人か仲間になって ゴザの上に輪になって
桜の花をめでながら
御馳走を食べたり 歓談していたの
「加藤さんは お偉いですなぁ
毎晩夜中までお仕事なさって御苦労ですなぁ」
と 隣の輪の一人が
顎鬚のおじいさんに語りかけたの
ばあばが振り向くと お父さんが
「あの方は加藤唐九郎さんだよ]って
教えてくれたんだ
唐九郎さんの名前は有名な陶芸家として
ばあばだって知っている程の人だったの
唐九郎さんはそれに応えて こう言ったのね
「イヤイヤ
ぼくは好きな事をしているんだから
夜中までしたくなってしまうのは
当り前の事だよ
苦労なんて思うどころか
面白くって
楽しくって
夢中になってやってるうちに
つい夜なべ仕事になってしまうんだよ」
ばあばは 大学生の頃の事も
思い出した・・・
下宿先のおばさんが
「私はこの仕事が好きでねぇ
これをやり出すと
止まらなくなっちゃうのよ
ご飯食べる時間が惜しいほどにね」
おばさんは刺繍のお仕事をしていたの
おばさんは 何時も
色とりどりの刺繍糸に囲まれて
口元に笑みを浮かべながら
うれしそうに針を運んでいたっけ・・・
お仕事と子育てでクタクタになっていた頃
お手伝いしてもらった家政婦さんの事も
思い出した・・・
はたきをパタパタかけながら
掃除機をグォーグォーいわせながら
お鍋をゴシゴシ洗いながら
[私はねぇ この仕事が大好きなの
だってきれいになっていくの イイジャン
気持ちがスカッってするじゃん」って
目をキラキラさせながら言っていたっけ
そんなこんなを思い出しながら・・・暮れになり
大掃除もしないのに
美しくなったお家の玄関に
じいじが一生懸命 門松を付けているのを見て
「ようし 来年も『ちょっとずつ』の
積み重ねで行こう」って心に誓ったんだよ
そうしてそれから どんなに忙しい時でも
たとえ一分間でも
どこかの掃除をするようにしていったら
何時もきれいなお家でいられるようになったのよ
ねっ 何時あなた達が遊びに来ても
ばあばのお家 きれいでしょ
©ささきけいこ
お元気ですか?
早くも、今年の秋冬の展示会が始まり、
定休日を利用して出かけました。
途中、新幹線の中から見た富士山の
きれいだったこと・・
フランス製のCHACOK(シャコック)は
お店では大人気。
ここの色使いはパッションがあり、
見るだに、体に力が湧いてきます
さすが芸術の都からのファッション・・・
サンマリーでの展示会は、
4月13日~17日に予定されました。
乞うご期待!楽しみにお待ち下さいね。
エスカーダ(ドイツ製)の秋冬物展示会も
素敵なスーツが一杯あって、
うれしくなりました。
世界中を覆った不況の嵐の中で
それぞれのメーカーが、
地に足をつけ、
ここならではの感性を磨いた、
実に素晴らしい作品を作り上げていました。
ファッションを通して、人間の内なる力、
復活の力を感じた一日でした。
春夏物のお洋服が一杯入ってきました。
明るくカラフルな色合いで
お店の中は一足早く春です。
どうぞ楽しみにお出かけ下さいね。
それでは、連載エッセー [心の糧Ⅱ]
第10回目をお贈りします。
絵 ゆうこう
ルンルンお掃除で 思い出したこと
ルンルン お掃除しながら
ばあばは こんな事を思い出した・・・
ばあばが中学生だった頃
お父さんに付いて
豊橋の本多さんのお宅で開かれた
お花見の会に出かけたのね
いっぱいの人がいて
幾人か仲間になって ゴザの上に輪になって
桜の花をめでながら
御馳走を食べたり 歓談していたの
「加藤さんは お偉いですなぁ
毎晩夜中までお仕事なさって御苦労ですなぁ」
と 隣の輪の一人が
顎鬚のおじいさんに語りかけたの
ばあばが振り向くと お父さんが
「あの方は加藤唐九郎さんだよ]って
教えてくれたんだ
唐九郎さんの名前は有名な陶芸家として
ばあばだって知っている程の人だったの
唐九郎さんはそれに応えて こう言ったのね
「イヤイヤ
ぼくは好きな事をしているんだから
夜中までしたくなってしまうのは
当り前の事だよ
苦労なんて思うどころか
面白くって
楽しくって
夢中になってやってるうちに
つい夜なべ仕事になってしまうんだよ」
ばあばは 大学生の頃の事も
思い出した・・・
下宿先のおばさんが
「私はこの仕事が好きでねぇ
これをやり出すと
止まらなくなっちゃうのよ
ご飯食べる時間が惜しいほどにね」
おばさんは刺繍のお仕事をしていたの
おばさんは 何時も
色とりどりの刺繍糸に囲まれて
口元に笑みを浮かべながら
うれしそうに針を運んでいたっけ・・・
お仕事と子育てでクタクタになっていた頃
お手伝いしてもらった家政婦さんの事も
思い出した・・・
はたきをパタパタかけながら
掃除機をグォーグォーいわせながら
お鍋をゴシゴシ洗いながら
[私はねぇ この仕事が大好きなの
だってきれいになっていくの イイジャン
気持ちがスカッってするじゃん」って
目をキラキラさせながら言っていたっけ
そんなこんなを思い出しながら・・・暮れになり
大掃除もしないのに
美しくなったお家の玄関に
じいじが一生懸命 門松を付けているのを見て
「ようし 来年も『ちょっとずつ』の
積み重ねで行こう」って心に誓ったんだよ
そうしてそれから どんなに忙しい時でも
たとえ一分間でも
どこかの掃除をするようにしていったら
何時もきれいなお家でいられるようになったのよ
ねっ 何時あなた達が遊びに来ても
ばあばのお家 きれいでしょ
©ささきけいこ

